金田一耕助の事件簿018b
では、加筆された部分はいったいどこか?
「迷路荘の怪人」(横溝正史)
(「横溝正史探偵小説コレクション④」)
出版芸術社
近々ホテルとして営業を開始する
名琅荘は、かつて持ち主が
暗殺を恐れて拵えた抜け道や
どんでん返しなどが多数存在する
いわく付きの建物だった。
招かれた金田一が
現当主・篠崎慎吾と
歓談しているとき、
突如として殺人事件が…。
横溝正史の金田一耕助シリーズの
一作品なのですが、
先日取り上げた1956年版とともに
角川文庫に収録されなかった一篇です。
1956年版に加筆して、
約3倍の分量となりました。では、
加筆された部分はいったいどこか?
【事件簿File-018b「迷路荘の怪人」】
〔事件発生〕
昭和25年10月(静岡県)
〔依頼人〕
篠崎慎吾
…名琅荘を譲り受けた敏腕実業家。
※依頼の内容は真野信也の調査・捜索
〔捜査関係者〕
田原警部補
…所轄暑捜査主任。年齢は若い。
井崎刑事・小山刑事…所轄暑刑事。
森本医師…監察医。
〔事件関係者〕
古館種人
…明治の権臣。伯爵。
富士の裾野に名琅荘を建立。
古館一人
…種人の嫡子。妻の浮気を疑い
凶行に走るが斬殺される。
古館加奈子
…一人の美しい後妻。
一人により斬殺される。
古館辰人
…一人と先妻の間に生まれた息子。
篠崎倭文子
…辰人と離別し、慎吾の妻となる。
華族の末裔。
篠崎陽子
…慎吾の先妻の娘。
糸女
…種人の愛妾で才女。
名琅荘を取り仕切る老女。
奥村弘
…慎吾の秘書。
緒方静馬
…加奈子の遠縁。
一人に左腕を切断され行方不明。
真野信也
…名琅荘に現れた左腕の無い男。
密室から姿を消す。
戸田タマ子
…名琅荘の女中。
真野信也に応対した。極度の近視。
天坊武邦…元子爵。辰人の母方の叔父。
柳町善衛…元子爵。加奈子の実弟。
原形作品からの加筆部分①
抜け道が使われ迷路荘の名目躍如
実は原形作品では、
迷路荘とは名ばかりで、
甲野信也(本作品では真野)が
姿を消したことだけに使われ、
あとは活用されていませんでした。
本作品では、
金田一耕助も実際に迷路探検を行う上、
第二の事件は
その抜け穴内で発生するなど、
「迷路荘」の
面目躍如となっているのです。
原形作品からの加筆部分②
警察の捜査が前面に押し出される
大幅に付け加わった部分は、
一言で言えば警察の捜査活動が
前面に押し出されたことです。
考えてみれば、1956年版では、
警察は駆けつけるものの、
ろくな捜査もせずに
引き上げているのです
(単に描写されなかった
だけかも知れませんが)。
それではいけないと考えたのでしょう。
第一の事件直後、
関係者全員からの聞き取り調査の様子が
かなりの頁を割いて描かれています。
原形作品からの加筆部分③
人物それぞれに役割が与えられる
その聞き取り調査の中で、
次々と関係者の行動が明らかになり、
一人一人に役割が与えられていることが
明確になります。
篠崎慎吾の娘・陽子
(1956年版では朋子)は
快活な少女となり、
抜け道探検を密かに行っています。
ただの秘書だった奥村も、
重要な役割を与えられました
(重要すぎて明確にここに書けません)。
元子爵の二人にも、
適切な背景が与えられ、
事件への結びつきが強められています。
1956年版では
事件にほとんど関係なかった
女中のタマ子でさえ、
戸田性と強い近視を与えられ、
事件に関与してきます。
捜査関係者以外には
人物の付け加えはないのですが、
関係者一人一人が
奥行きを持った人間として
描かれているのです。
先日記したように、
おそらく横溝は雑誌掲載の
分量と締め切りを勘案して、
自らの構想の骨格部分に絞って
掲載に間に合わせたのではないかと
思われます。
本作品が1956年版の「改変」ではなく、
その多くの変更点が
「付加」もしくは「詳細化」である以上、
1956年版執筆段階で、
迷路荘の抜け道の活用や警察の捜査、
そして登場人物の役割
(特に元子爵の二人の背景)については
構想していたと考えるのが自然です。
これまでは改稿作品→原形作品の順で
再読してきましたが、
今回は原形作品から再読し、
その改稿過程を
味わうことにしてみました。
本作品はさらに3倍程度に加筆され、
大長編「迷路荘の惨劇」として
昇華します。
さて、ここからどう進化したのか?
(2022.11.11)
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