「1926年執筆の評論・随筆等」(横溝正史)

研究熱心な横溝の創作姿勢が読み取れます

「1926年執筆の評論・随筆等」
(横溝正史)
(「横溝正史探偵小説選Ⅰ」)論創社

「横溝正史探偵小説選Ⅰ」論創社

今年の四月であったと思う。
私は月島橋の乗換場所に
電車を待っていたのである。
四十ぐらいの、
猟師のように日にやけた女が
私の方に近寄って来て
云うのである。
「兄さん、こない云うと失礼やが、
あんたの寿命もう長ないな」…。
「私の死ぬる日」

横溝正史の探偵小説はみな
おどろおどろしいものばかりですが、
エッセイも十分に
おどろおどろしいのです。
なにせ見知らぬ怪しい女から、
自分の死ぬ日を
「二十八才の九月二十日」と
予告されたのですから
穏やかではありません
(予告されたのは1926年ですから
横溝24歳のときです)。
もっとも最後まで読むかぎり、
今でいう霊感商法の類いなのでしょう。
横溝は
「その女を訪問して、
 七十ぐらいまでに寿命を引伸ばして
 貰おうと思っている」

続けているのですが、
79歳まで生き延びたのですから
問題ないでしょう。
できれば90歳あたりまで
引き延ばして貰えていたなら、
今頃どれだけの作品(「悪霊島」以降の)を
読むことができていたのか、
分からないのですが。

横溝が作家として
軌道に乗ることができたのは、
その前年、1925年のことです。
上京し、乱歩をはじめとする
多くの作家たちと出会い、
執筆に取り組む決意をするのです。
それ以前のいくつかの作品は
懸賞応募であり、
あくまでも「素人」でした。
プロになったからには
探偵小説だけでなく、
翻訳物やエッセイも手がけ、
生活費を稼いだのです。
1926年に著した
随筆や評論のほとんどは、
本書「横溝正史探偵小説選Ⅰ」に
収録されています。

「私の死ぬる日」
「ビーストンに現れる探偵」
「探偵小説講座(「探偵趣味」版)」
「処女作云々」
「いろいろ」
「探偵映画蝙蝠を観る」
「無題(喫茶室)」
「酔中語」
「「ユリエ殺し」の記」
「マイクロフォン(「新青年」三月号)」
「マイクロフォン(「新青年」九月号)」
「クローズ・アップ」

こうしたエッセイを読むと、
横溝は24歳のこの時期までに、
かなりの数の国内外の探偵小説を
読み漁っていることに気づかされます。
これが横溝の
創作の原動力となっているのでしょう。

「一人二役型」
長篇探偵小説となると百%までが
この型なのである。
その代表的なものは、
「813」「黄色の部屋」
「拳骨」等である。
この型では、小説の冒頭に
何か事件が起こるのである。
事件とは殺人とか、
宝石の盗難とかであるが…。
「探偵小説講座」

このエッセイだけでも
ルブラン「813」、
ルルー「黄色い部屋の謎」、
リーヴ「拳骨」、
乱歩「夢遊病者の死」
ドイル「金縁の鼻眼鏡」などが
登場します。
さらにエッセイ「いろいろ」では、
乱歩「人間椅子」「闇に蠢く」
小酒井不木「恋愛曲線」
谷崎潤一郎「友田と松永の話」、
正宗白鳥「人を殺したが…」などの
名前が挙げられていきます。
研究熱心な横溝の
創作姿勢が読み取れます。

それにしても
論創社から出版された本書は、
ごく短いエッセイまで
(「処女作云々」など3行、
「マイクロフォン」「クローズ・アップ」も
数行程度)収録してある点において、
貴重です。
ファン以外の方にはほとんど価値を
もたらさないのかも知れませんが、
横溝愛好家にしてみれば、
宝物のような一冊です。
横溝の完全全集は
望めない状態ですので、
論創社の論創ミステリ叢書、
柏書房の一連の横溝シリーズ、
出版芸術社のシリーズの存在は
重要といえます。
横溝作品は、エッセイまで
十分に楽しみたいと思います。

※なお、
 私が常に参考にしているサイト
 「横溝エンサイクロペディア」によると
 上に記したもののほかに、
 「編輯後記」「[近況]」の2篇が
 存在するようです。

(2022.11.18)

günterによるPixabayからの画像
おどろおどろしい世界への入り口

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