「夜歩く」(横溝正史)

首なし死体、二重舞台、そして一人称告白体

「夜歩く」(横溝正史)角川文庫

探偵作家・屋代が招待された
古神家には、
好色の後家・お柳、
知的障害のある四方太、
佝僂の守衛、
夢遊病の美女・八千代、
酒乱の仙石鉄之進がいて、
お互いに憎しみ合っていた。
佝僂の画家・蜂屋が加わった
ある夜、
恐ろしい殺人が起き…。

横溝正史金田一耕助シリーズ
長篇第三作です。
何やらいわくのある旧家で起きる
殺人事件。
東京と岡山の二つの舞台にまたがって、
スリリングな筋書きが展開します。

【事件簿File-011「夜歩く」】
〔依頼人〕
仙石鉄之進
…古神家の家老の子孫。
 現在の古館家の主人・お柳と
 愛人関係あり。
〔捜査関係者〕
沢田警視
…警視庁警視。東京での事件を担当。
磯川警部…岡山県警警部。
〔事件関係者〕
「私」(屋代寅太)
…語り手。三流探偵小説家。
 事件の経緯を綴る。
仙石直記
…鉄之進の息子。「私」のパトロン。
 女漁りが得意。
古神織部
…故人。古神家先代当主。
古神柳
…現在古神家の主人。
 四十を超えているが、好色。
古神八千代
…織部と柳の娘。
 ただし実の父親は鉄之進らしい。
 美女。夢遊病者。性格は破天荒。
古神守衛
…古神家先妻の息子。佝僂。
 八千代に好意を寄せる。
古神四方太
…守衛の叔父。知的障碍を持つ。
蜂屋小市
…佝僂の新進画家。美男子。
 八千代に好意を寄せる。
源造…古神家の使用人。
お藤…古神家の使用人。
お喜多…守衛の乳母。
妙照…足長村海勝院の尼。
お静…妙照がかくまっていた女性。
〔事件の経緯〕
⑴昭和24年10月3日 東京
・蜂屋小市、謎の女性に銃撃される。
・女性の正体は古神八千代。
⑵昭和25年3月 東京・小金井
・古神家別荘に蜂屋と屋代が招かれる。
・佝僂の首なし死体発見。
 蜂屋・守衛、行方不明。
・数日後、守衛の首が発見される。
・八千代、家出し、行方不明。
・犯人不明のまま進展せず。
⑶昭和25年5月 岡山県鬼首村
・古神家、岡山の本邸へ帰郷。
・古神家本邸に八千代密かに帰宅。
 屋代・金田一、古神家に合流。
・蜂屋らしき人物目撃される。
・八千代と思われる女性の
 首なし死体発見。
・金田一が東京での事件を謎解き。
・最後の事件、未遂に終わる。
 事件解決。

本作品の味わいどころ①
首なし死体殺人三重奏

「首なし死体」は
ミステリにおける古典的トリックです。
わざわざ死体の首を切断し、
それを持ち去るというのは
手間もかかればリスクも大きい、
したがって「それをしなければならない
理由」がなければならないのです。
それは多くの場合、
「被害者と思われていた人物が
実は加害者」という
「入れ替わりもの」です。
横溝はあえてこの
「首なし死体トリック」を何度も使用し、
そのたびごとに
新しい展開を編み出しているのです。

本作品では、
東京での第一の事件が「首なし死体」。
胴体が佝僂であるため、
蜂屋か守衛のどちらかなのですが、
それが二転三転する筋書きは
横溝ならではです。
さらに岡山における第二の事件も
「首なし死体」。
未遂で終わった第三の事件もまた
「首なし死体」事件となる
予定だったのですから驚きです。
本作品、それもそれぞれにおける
「首なし死体」の意味は何か?
この「首なし死体三重奏」こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
東京と岡山の二重舞台

金田一耕助シリーズは、
エログロ・テイストの「東京もの」と、
おどろおどろしさが前面に押し出された
地方を舞台とした作品群の
二つがあります。
後者の代表はもちろん「岡山もの」。
本作品の特徴は、
物語前半は東京、後半は岡山と、
事件が横溝得意の二つの舞台に
またがっているということなのです。

東京部分は、
キャバレーでの銃撃事件や
古館家内の乱れた性的関係など、
他作品と比較すると薄味ではあるものの
十分にエログロ的要素が
ちりばめられています。
一方、岡山部分では、
おどろおどろしさが充満しています。
この、両者の「いいとこ取り」のような
東京・岡山の二重舞台の構造こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

特に岡山もの特有の
おどろおどろしさには、
地方を舞台とした作品群に通じる
「横溝テイスト」が凝縮されています。
魑魅魍魎が蠢くような旧家・古神家は、
のちの「犬神家の一族」
彷彿とさせます。
家名の語感が似ていることに加え、
「古神家の一族」という見出しの章が
設けられているのです。
その古神家は、
かつて農民四名を処刑したため、
「四人衆様」の祟りを恐れているという
設定がつくられています。
これは数字が倍加され、
のちの「八つ墓村」
つながったのでしょう。
古神家の本拠地は
「鬼首村」という名称ですが、
これは同じ岡山県ものの
「悪魔の手毬唄」
舞台の地名と同一です
(なんと岡山県には「鬼首村」という
恐ろしい地名が二つもある!)。
本作品の「鬼首村」は鳥取県境付近、
「手毬唄」の「鬼首村」は兵庫県境付近と、
岡山県内でも位置が異なるためか、
読み方は本作品が「おにこうべむら」、
「手毬唄」は
「おにこべむら」となっています
(ちなみに岡山県には
そのような地名はありません。
「鬼首村」が実在したのは宮城県)。
さらに先ほど記した「首なし死体」は、
「手毬唄」でも
しっかりと使用されています。

本作品の味わいどころ③
衝撃的な一人称告白体

それでいながら、肝腎の金田一耕助は
脇役に徹しています。
なぜなら語り手は探偵作家の屋代寅太。
最後の最後まで
屋代目線で事件が描かれ、
金田一の登場は後半、
舞台を岡山県に移して以降となります。

INDEX 金田一耕助の事件簿

実はそれが最後の大どんでん返しへと
つながっていきます。
この衝撃度は
非常に大きなものがあります。
一人称告白体を使った作品構造自体が、
横溝が読み手に対して仕掛けた
「罠」だったのです
(クリスティが最初に使用して
物議を醸し出したトリックを、
横溝は自信を持って
本作品のメイン・トリックとした!)。
四十年以上前に初読した際は、
腰を抜かしてしまいました。
詳しくはぜひ読んで
確かめてくださいとしか
いいようがありません。
この、一人称告白体を使った
時限爆弾的衝撃こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

金田一耕助の登場場面が少ないためか、
表題が地味であるためか、
あるは一人称告白体による作品構造を
生かしきれないためか、
これまで映像化される機会の少ない
(TVドラマ2作のみ)作品です。
しかし私にとっては
横溝ミステリの中でも
最上位に推したい作品の一つです。
未読の方、ぜひご賞味ください。

残念すぎる販売姿勢

上に記したように、横溝作品の中でも
最高の出来映えの本作品なのですが、
出版社の販売姿勢には問題があります。
本作品は絶版することなく、
例の漢字一文字装丁の表紙で
店頭に並んでいた作品ですが、
昨年末、ある特定の書店において、
杉本一文装丁画表紙で
限定復刻されました。
他の商品ならいざ知らず、
書籍の店舗限定販売とは
いったいどういうことなのでしょうか。
出版物をあまねく行き渡らせるのが
出版社の責務であるはずです。
この出版社の文庫本の最終ページには、
「多くのひとびとに提供しようとする」
と、出版社としての
姿勢が記されてあります。
それは口先だけのものなのでしょうか。
それとも書籍とは「テキスト」だけであり
表紙は書籍の一部とは見なしていないと
いうことなのでしょうか。
私などは本書について
「昭和旧版」「昭和新版」そして
「横溝生誕110年記念復刻版」と
三冊所有した上で、
このめでたい機会にさらに一冊、
購入したいと思っていたのですが、
近くにその書店はありません。
入手できないまま終わりました。
横溝生誕120年記念を、
より多くの読者と分かち合おうとしない
出版社の姿勢は残念でなりません。

(2022.12.9)

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こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

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(2026.4.15)

〔関連記事:金田一耕助の事件簿〕

「本陣殺人事件」
「八つ墓村」
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