英国人以上に紳士的なアメリカ人・セドリック
「小公子」(バーネット/若松賤子訳)
岩波文庫
アメリカで母と二人で
暮らしていたセドリックは、
ある日突然、
祖父・ドリンコート侯爵の
後継ぎとして英国に迎えられる。
純真な少年・セドリックの
愛情溢れる振る舞いは、
冷酷で片意地な老侯爵の
頑なな心を
次第にとかしていく…。
5年ほど前、
岩波文庫からリクエスト復刊された、
素敵な一冊です。
バーネットの「小公子」は、
児童文学として子ども向けの翻訳版が
いくつかあるのですが、
本書はなんと明治25年の翻訳物です。
あまりに時代がかった翻訳であり、
現代の子どもたちには
とても薦められるものではなく、
むしろ大人の私たちが味わうべき
要素の多い一冊といえます。
先日は、本作品の読み方として、
訳者・若松賤子の明治期における
児童文学の翻訳の業績を味わうことを
提示しました。
筋書きそのものの読み方となると
なかなか難しいものが
あるかも知れません。
純粋に児童文学として
セドリックの純朴な少年像に触れ、
自分の心を洗い清めるというのは
一つの正しい読み方だと思います。
しかし「小公女」での、
貧困の中に突き落とされた
セーラの健気さにくらべると、
一気に大富豪となった
セドリックについては、
大人の心では
共感しにくいものがあるのは事実です。
しかも、
ここに描かれている英国侯爵は、
単なるお金持ちではなく、
一国一城の主のような
封建領主なのです。
世界の富の大部分を、
ほんの一握りの富裕層が占有し、
格差が拡大化している現代社会では、
なおのこと
受け入れがたいものがあります。
バーネットが本作品を書いたのは
1886年(明治19年)。
発行後すぐに
ベストセラーとなりました。
当時のアメリカ市民は、
本作品のどこに惹かれたか?
アメリカと英国の文化の違いに
注目してみます。
セドリックが生まれたアメリカは、
独立後100年の
自由な気風の溢れる国でした。
一方英国は、
伝統や格式を重んじる紳士の国です。
祖父ドリンコートが思いこんでいた、
アメリカ人は野蛮で
礼儀知らずばかりという感覚は、
当時はもしかしたら
一般的だったのかも知れません。
セドリックは貧困層から
一気に貴族になっただけではなく、
自由な精神風土から格式社会へと
その環境文化が大きく変化したのです。
それにも関わらず彼の礼節態度は
貴族社会でも十分通用するものでした。
英国人以上に紳士的なアメリカ人・
セドリックの登場は、
読み手であるアメリカ人に
大いに歓迎されたことが想像できます。
セドリックと反対に、作者バーネットは
英国生まれのアメリカ人です。
16歳で新大陸に移住しました。
新天地の人々との、
多感な時期における出会いが、
この作品誕生に
結びついたのかも知れません。
今さら「小公子」なんて、と言うなかれ、
いろいろな味わい方のできる作品です。
名作は、だから名作なのです。
〔「小公子」文庫本について〕
本書・若松賤子役は、
岩波文庫から復刻したのもつかの間、
すでに再び絶版状態です。
しかし近年、「小公子」の文庫本が
いくつか出版されています。
なんと川端康成(新潮文庫)も
翻訳していました。
光文社古典新訳文庫、角川文庫からは
新訳が登場しています。
〔関連記事:バーネット作品〕
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