金田一耕助の事件簿059
でも始まりません。なぜなら短篇ですから。
「薔薇の別荘」(横溝正史)
(「七つの仮面」)角川文庫
薔薇の別荘に招待された
十三人の招待客。
主催者の鶴子は、
その宴の花形となる
秘書・三枝子をはじめとして、
誰にもその目的を
話していなかった。
客の顔ぶれがそろい、
宴が始まろうとしていた
そのとき、
鶴子が死体で発見される…。
前回取り上げた横溝正史の長篇
「女王蜂」を再読し、
思い浮かべたのが本作品でした。
花婿候補に匿名の手紙と支度金が
届くというプロットはほぼ同一です。
入り組んだ血縁関係・愛憎関係も
よく似ています。
【事件簿File-059「薔薇の別荘」】
〔事件発生〕
昭和33年5月25日(神奈川県・北鎌倉)
〔依頼人〕
吉村鶴子
…戦後キャバレー経営で成功した女。
体が不自由。金田一を宴に招待した。
依頼内容は不明。
〔捜査関係者〕
藤尾警部補…所轄署捜査主任。
〔事件関係者〕
堀口三枝子
…鶴子の秘書。
自殺未遂後、鶴子に引き取られる。
堀口一義
…三枝子の父。東京大空襲で死亡。
妾が多数いた。
堀口節子
…三枝子の母。過労により病死。
吉村兼次
…鶴子の亡夫。洋酒問屋吉村家の養子。
戸田辰蔵…兼次の兄。
戸田やす子…辰蔵の妻。
古川幸子…兼次の上の姉。
古川達吉…幸子の夫。
川辺千代子…兼次の下の姉。
川辺良介…千代子の夫。
加藤朝彦…鶴子の甥。
浅井みゆき…鶴子の姪。
杉本隆吉…鶴子の腹心の部下。
小森峯子…薔薇の別荘・管理人。
鍋井賢蔵…鶴子の顧問弁護士。
児玉健
…「影の人」から
不思議な招待状を受け取る。
本作品の味わいどころ①
招待された十三人の客
十三人の招待客という、
何か事件を予感させる設定です
(実際は主催者・鶴子と
秘書・三枝子を加えて十三人)。
顔ぶれは鍋井弁護士と金田一、
マネージャーの杉本の三人以外は、
すべて腹黒そうな鶴子の親族八名です。
その中で起きた主催者・鶴子の殺害。
いかにも大がかりな犯罪が
始まりそうな匂いがプンプンします。
でも始まりません。
なぜなら短篇ですから。
長篇であれば横溝は、
この親族+杉本の十人に対して
徹底的に謎めいた行動を取らせ、
全員が怪しそうに見える
工夫を施していたはずです。
短篇ゆえ、
怪しそうな描写のみに止まってしまい、
それ以上踏み込んでいないのが
惜しまれます。
本作品の味わいどころ②
謎の青年・児玉健の正体
「影の人」から、薔薇の別荘の宴の
十四番目の客として招かれた
青年・児玉健。
しかし不良仲間とともに
支度金を使い果たし、それでも
別荘にはこっそりと忍び込みます。
いかにもこの青年が
事件に巻き込まれて冒険が
始まりそうな匂いがプンプンします。
でも始まりません。
なぜなら短篇ですから。
長篇であれば横溝は、この青年に
危険すれすれの行動を取らせ、
魅力溢れる冒険を
設定していたはずです。
短篇ゆえ、冒険どころか
事件の容疑者にも扱われず、
第三者的な存在で終わってしまったのが
惜しまれます。
本作品の味わいどころ③
薄幸の少女・三枝子の正体
そしてなんといっても
三枝子の存在です。
両親を亡くし、不幸のどん底に落ち、
自殺まで図ります。
それを拾ったのが鶴子でした。
相当な財産を築き上げた鶴子が
死亡したのですから、
三枝子は容疑者の一人です。
いかにもこの三枝子が
謎の青年・児玉健の助力を得て
容疑を晴らし、幸せをつかみ取りそうな
匂いがプンプンします。
一応、つかみ取ります。
しかし騎士役となるはずの児玉健との
接点は描かれずに終わります。
なぜなら短篇ですから。
長篇であれば横溝は、
終盤近くで三枝子の窮地を健に救わせ、
二人で危機を脱出するような冒険を
組み立てたはずです。
短篇ゆえ、
本編中では二人の邂逅もなく、
したがって甘いラブロマンスもなく
幕を閉じざるを得なかったのは
大変惜しまれます。
と、このように、
味わいどころは多いのですが、
短篇ゆえにそれが十分に展開できずに
終わってしまった感があるのが
惜しまれます。
まるでこれから描こうとしている
長篇作品のプロットを
見るかのようです。
本作品などは、横溝が
もう少しの時間を与えられていれば、
長篇化を試みたであろう
短篇の一つと思われます。
欲張ってはいけません。
これはこれとして、
存分に味わいましょう。
〔本書収録作品一覧〕
七つの仮面
猫館
雌蛭
日時計の中の女
猟奇の始末書
蝙蝠男
薔薇の別荘
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