「狂信者イーライ」(ロス)②

イーライと黒い帽子の男、二人が交換したものは

「狂信者イーライ」(ロス/宮本陽吉訳)
(「集英社ギャラリー世界の文学17
        アメリカⅡ」)集英社

「集英社ギャラリー世界の文学17」

弁護士イーライは
住民の依頼を受け、
町にあるユダヤ神学校に
立ち退きを要請しに行く。
職員の一人が
黒一色のユダヤ民族の格好で
町を歩くことに住民が恐怖を
感じているからである。
弁護士は自らの洋服を贈り、
その黒い衣服を…。

知られざる米国人作家
フィリップ・ロスの作品です。
前回はその背景とあらすじの紹介で
終わってしまいました。
本作品の肝は、
イーライがなぜ黒い衣装を
着たのかということにつきます。

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【主要登場人物】
イーライ・ペック
…弁護士。ユダヤ系アメリカ人。
 精神疾患の病歴あり。
 新米移民の立ち退き問題に関わる。
ミリアム・ペック
…イーライの妻。出産を控えている。
レオ・ツュレフ
…ナチに追放されたユダヤ難民。
 ユダヤ神学校校長。
テッド、アーティ、ハリー
…ユダヤ人社会の代表者たち。
 神学校の立ち退きを要求する。
黒い帽子の男
…昔ながらのユダヤ民族の格好で
 人々を混乱させる。

この作品に横たわる、
当時のアメリカ社会における
ユダヤ人コミュニティの
複雑な事情については、
前回の記事を参照して下さい。
弁護士・イーライは、
問題解決の手段として、
一着しか服を持っていない
「黒い帽子の男」に、
アメリカ社会に溶け込めるような
服装を提供したのです。
二着の洋服を贈ったイーライにとって、
残った服は
限られたものしかありませんでした。
彼自身、
決して裕福ではなかったのです。
したがって、結果的に彼は黒帽子の男と
衣服を交換したことになるのです。

そこで彼が贈った洋服の記述を
見てみましょう。
背広の一つは
「ブルックス・ブラザーズ」の
ブランド品です。
トラディショナルで保守的なデザインは
まさにアメリカの正統派の
ファッションです。
ワイシャツはオックスフォード地。
厚手で縦縞の洗練された、
これもアメリカン・スタイル。
それをニューヨークの洋品店
ボヌウィット・テーラーの
衣装箱に入れて渡したのです。

一方、黒帽子の男が彼の門前に
残していった彼の衣装のすべて、
つまり黒一色の衣服と黒帽子は、
旧世界の純然たるユダヤ民族衣装です。
二十世紀アメリカには
およそふさわしくない遺物です。

つまり、
単なる衣装の交換ではないのです。
二人が交換したものは、
「イーライの持っている
アメリカ的なものすべて」と
「黒い帽子の男の持っている
ユダヤ的なものすべて」だったのです。

だから黒帽子の男は
アメリカの町にすぐに溶け込み、
誰も気にする者がいなくなったのです。
しかしその黒帽子を引き継いだ
イーライは…、
「狂信者」という異名を
得ることになるのです。

ところでイーライは
発狂したのでしょうか?
「おそらくこれは
 途方もないことになるぞと思った。
 途方もない方向に進んだのを
 意識しているなんて!」

とあるように、自分の変化に対する
自覚症状がある以上、
狂ってなどいないと見るのが当然です。
おそらく、彼の血の中に眠っていた
「ユダヤ的なもの」が、
「ユダヤ的な衣装」を
身に付けたことにより、安息感を得て、
その結果として
表出したと考えるべきでしょう。

病院にたどり着いたイーライは
周囲に押さえつけられ、
鎮静剤を注射されます。
「針が皮膚の下に滑りこんだ。
 薬で心が和らいだが、
 あの黒さが滲みとおっった
 ところまで薬はとどかなかった」

当時のアメリカ社会の軋轢を
調べれば調べるほど、
この作品が突きつけてくる
エネルギーの大きさに
たじろいでしまいます。

紹介した本書は全集の一冊で、
購入はハードルが高いと思われます。
現在、2019年に出版された新訳
「グッバイ、コロンバス」(朝日出版社)に
収録されていますので、
そちらをお薦めします。
私も近いうちに
購入したいと思っています。

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〔本書収録作品一覧〕
偉大なギャツビー
  フィッツジェラルド
アブサロム、アブサロム!
  フォークナー
日はまた昇る ヘミングウェイ
南回帰線 ミラー
狂信者イーライ フィリップ・ロス
つかなかった噓 アンダーソン
殺し屋達 ヘミングウェイ
白い象に似た山々 ヘミングウェイ
銀の冠 マラマッド
白い雄鶏 ゴーイエン
昆虫の秩序 ギャス
遠い国の出来事 ボールズ
旅人 ホークス
リチャード・ニクソン
 魔弾の射手のラグタイム
   ダヴェンポート
誕生日の子供たち カポーティ
空中浮揚 オジック
戦争の絵物語 バーセルミ
シャイロー メイソン
激闘 LSシュウォーツ

(2022.12.21)

Ryan McGuireによるPixabayからの画像

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