犯した場合には生命をもって償わなければならない
「百年文庫020 掟」(ポプラ社)

「爪王 戸川幸夫」
鷹匠は若鷹に「吹雪」と名附けた。
命名は野生との訣別を意味する。
鷹匠の家族の一員としての
再出発であった。
忍従の歳月だった。
鷹は野性の喜びを封じられ、
鷹匠は獲物を得る喜びを抑えた。
老人は孫子に注ぐ愛情を
鷹に与えた…。
百年文庫第20巻のテーマは「掟」。
これを表す英語は
「rule」ということになるのでしょうが、
「掟」のもつ意味合いは
「規則」のそれとは
かなり異なる感覚があります。
多くは「狭い集団」の中で
共有されるものであり、
そしてより「厳しい」束縛であり、
それゆえに犯した場合には
生命をもって
償わなければならないことがある、
それが「掟」なのではないでしょうか。
ここにはそうした「掟」を主題にした
三つの作品が収められています。
一作目の戸川幸夫「爪王」は、
厳しい自然の「掟」でしょうか。
ここにはいくつもの「掟」が
描かれています。
自然界での弱肉強食と冷徹な親子関係、
人間・鷹匠と鷹の
真剣勝負にも似た関係性、
鷹対狐の、
命のやりとりを前提とした勝負、
自然の中で生きることは、
これほどまでに厳しいのかと
思い知らされます。
それは二作目、ジャック・ロンドンの
「焚火」も同様です。
人間もまた自然の一部であり、
自然の「掟」には
従わなくてはならないということを
痛感させられます。
「焚火 ロンドン」
北極圏の白夜の中、
男は仲間の待つ
キャンプ地へと向かう。
「零下五十度以下では
決して一人で
旅してはならない」という
老人からの忠告にもかかわらず、
男は一人で歩いていた。
男には考える力が欠落していた。
気温は零下七十五度…。
「男」の「事故」は些細なことです。
「雪の下に隠れていた水たまりに
脚をはめ入れてしまった」、
ただそれだけなのですから。
しかしその油断した人間の心に、
自然は凶暴性をむき出しにして
襲って来ます。
それがきっかけで、
「男」は落命するのです。
なぜその些細なことが
死に直結したのか?
ぜひ読んで確かめて下さい。
三作目、バルザックの「海辺の悲劇」で
登場する「掟」とは、
「人間としての信義」という
ことでしょうか。
「ぼく」とポーリーヌが出会ったのは、
「人間としての信義」を
踏みにじった息子を、
自らの手で殺害した「男」なのです。
「海辺の悲劇 バルザック」
案内人は迂回路を選択したが、
「ぼく」とポーリーヌは
岬を通る道を選ぶ。そこには
ある男がいるのだという。
案内人の言うとおり、
岩山の花崗岩の一角に
その男は座っていた。
その男は、恐ろしいまでの
悔悟をしているのだという…。
信義にもとる行いをした息子を、
命をもって処罰した。
しかしそれもまた
「人の信義」に背く行為であることを、
「男」は自覚しているのでしょう。
彼は自らにも
厳しい罰を与えていくのです。
三篇の作家の中で、
戸川幸夫は別として、
ジャック・ロンドンとバルザックの
二人の生き方を調べたとき、
彼ら自身は、あまり「掟」に厳しいとは
いえない人間であることがわかります。
ロンドンは執筆活動が軌道に乗る以前、
サンフランシスコ湾で
「牡蠣泥棒」として名を馳せたり、
浮浪罪で逮捕されたり、
どうもまともな生き方を
していたようには見えません。
最後はモルヒネを飲んで
自ら命を絶っています。
バルザックもその生活は退廃的であり、
莫大な借金を抱えたまま
亡くなっています。
いや、だからこそ
このような「厳しい」精神状況の作品を
書き上げることが可能だったのかも
知れません。
百年文庫全100巻の中でも、もっとも
重厚な味わいを持つものであり、
強く推す一冊です。
ぜひご一読を。
(2023.1.25)

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