筋書きだけでなく、作家五人の顔を愉しむ
「空中紳士」(江戸川乱歩・他)
(「江戸川乱歩全集第3巻」)光文社文庫
巽小路侯爵殺人事件、
ルール殿下失踪事件、
巽小路夫人失踪事件、
巽小路美麿氏殺人事件。
その真相を追う女性記者・
星野龍子は、ついに
その真犯人とめぼしき怪人物・
響晰と接触する。
事件から手を引くよう、
響は龍子に迫るのだが…。
光文社刊「江戸川乱歩全集」第3巻に
収録されている長編小説「空中紳士」。
実は純粋な「乱歩作」ではありません。
五人の作家による合作
(リレー式の「連作」ではない)なのです。
小酒井不木が国枝史郎を巻き込み、
江戸川乱歩に持ち掛け、
さらには土師清二、長谷川伸も
引きずり込んで創り上げた
作品なのです。
何と五人で酒を酌み交わしながら
筋書きを話しあったとか。
さらには
それを筆記する役割が別にいたという
乱歩のあとがきがある一方で、
ほとんどは乱歩の筆であったという
資料もあり、今ひとつ
創作過程の全貌がつかめません。
それはさておいても、
なかなか興味深い作品に
仕上がっているのです。
【登場人物一覧】
星野龍子
…女性新聞記者。一連の事件を調べる。
本作品における探偵役。
ルール殿下
…R国皇太子殿下。R国政変のため、
その地位を追われ、日本に身を隠す。
カロロ伯爵と偽名を使用。
巽小路徳麿
…侯爵。ルール殿下の友人。
殿下を極秘裏に匿っていた。
巽小路美那子
…侯爵の妻。妖艶なる美女。
巽小路美麿
…侯爵の実弟。外国へ旅立ったまま
行方不明だったが、
二十年ぶりに突如帰国。
千早謠子
…侯爵家使用人。十七歳。美人。
侯爵や美麿に言い寄られる。
白樺清児
…侯爵家の保護を受けて
洋画を学ぶ青年。
平山松太郎
…龍子の友人。巽小路家との関係が
後に明らかになる。
狂女お波
…侯爵に弄ばれ、侯爵を呪う狂女。
北村勝蔵
…侯爵家家令。
園部欽哉男爵
…侯爵の友人。
美那子夫人と怪しい関係。
響晰…正体不明の怪紳士。
本作品の味わいどころ①
冒険、冒険、また冒険
合作という試み自体が
一つのファンサービスである以上、
読み手も本格探偵小説としての
出来不出来より、
作家たちのサービス精神こそ
注目すべきなのでしょう。
その意味では、
事件と冒険が連続する本作品は、
全篇が味わいどころといって
いいものです。
侯爵の殺害、夫人の失踪、
二十年ぶりに帰国した
侯爵の実弟の殺害という、
一家を襲う悲劇、
その影で暗躍するR国不穏分子、
神出鬼没の猛獣、などなど、
変化に富みすぎともいえる筋書きです。
五人が酒を飲み、
酔った勢いで「あれを入れよう」
「これも入れよう」と、
悪はしゃぎしているようすが
目に浮かびます。
いいではありませんか。
作家五人も集まれば
大胆にもなるというもの。
読み手のこちらも
無邪気に受け入れましょう。
本作品の味わいどころ②
探偵交代、真打ち登場
登場人物紹介で、
星野龍子を「探偵役」と記しました。
ところがこの事件、
侯爵家の血縁関係や
過去の諸事情といった
プライベートな問題と、
R国要人の安否不明という
国際問題も絡む上、
敵の正体が一切不明、
何の後ろ盾もなく、協力機関もない
女性記者には荷が重すぎました。
後半は真打ち登場と相成るのです。
主役が交代した感があり、
龍子に感情移入していた読み手は
ここで気を落とす
可能性もあるのですが、
その後の真打ち探偵は、
なかなかに味わい深い行動を示します。
最重要容疑者として
手配されているにもかかわらず、
関係者一同を集め、
演題で長々と講釈を垂れるのです。
しかも最後は決定的な映像証拠を
映写するのです。
これはまさしく現代でいう
「プレゼンテーション」。
真打ち探偵は
スティーブ・ジョブズばりの
情報伝達者だったのです。
なお、その真打ち探偵が誰であるか、
重大な味わいどころですので
ここでは触れません。
ぜひ読んで確かめて下さい。
本作品の味わいどころ③
作家五人の顔を愉しむ
さて、本作品で本当に味わうべきは、
筋書きだけではありません。
そこに現れている五人の作家の
「顔」を見分けて愉しむのが
合作作品の味わい方です。
大筋では乱歩らしさが漂っています。
変化に富んだ(富みすぎた)筋書き自体も
乱歩的であれば、
探偵を主とした物語づくりも
乱歩的です。
でも、細部を見渡すと、
乱歩特有の猟奇性は影を潜め、
その代わりに他の作家たちの
「顔」が見えてくるのです。
最終場面で明かされる
「若い男女の恋愛の果ての悲劇」や、
「親子の人情物語」は、
時代劇作家である
長谷川伸と土師清二の持ち味が
存分に発揮された部分です。
そしてミステリとしては
半ば禁じ手ともいえる、
SF的な新発明機械の登場は、
科学者作家・小酒井不木が
ごり押しした感があります。
不木の顔は、
そのほかにも要所要所で使われる薬物
(アヘン・麻酔薬・わずかな量で
死に至らしめる猛毒など)にも
見つけることができます。
そして同じように禁じ手な登場人物・
予言する狂女の存在は
怪奇伝奇作家・国枝史郎や
そうした作風の見られる土師清二の
「顔」なのでしょう
(予言には理論的なトリックがなく、
完全に「予言」)。
これを一人の作家の書いた作品として
味わうと、何とも収拾のつかない
失敗作となるのでしょうが、
はじめからこのメンバーによる
合作だと理解した上で読み込むかぎり、
かなり愉しめる作品であると
言い切れます。
今はほとんど見られなくなった
連作・合作。
本作品の発表は昭和3年(1928年)
(雑誌連載時のタイトルは
「飛機睥睨(ひきへいげい)」)。
かつてはこんなにも
面白い企画があったのです。
〔本作品収録書籍について〕
「飛機睥睨」は、
雑誌「新青年」に掲載された後、
「空中紳士」と改題され、
博文館より刊行、
長らく埋もれていたのですが、
1994年に春陽堂文庫より復刊、
さらには2005年、
本書に収録されています。
なお、こうした連作・合作作品は
単行本収録されることなく
多くが埋もれているのですが、
春陽堂書店から全8巻で
「合作探偵小説コレクション」として
刊行されることとなりました。
すでに第1巻第2巻は発売されています。
本作品は第3巻(2023年4月発売か?)に
収録される予定のようです。
〔本書収録作品一覧〕
踊る一寸法師
毒草
覆面の舞踏者
灰神楽
火星の運河
五階の窓
モノグラム
お勢登場
人でなしの恋
鏡地獄
木馬は廻る
空中紳士
陰獣
芋虫
私と乱歩 間村俊一
(2023.2.3)
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