「徴産制」(田中兆子)②

「毒」、つまり「笑えない話」が混入されているのです

「徴産制」(田中兆子)新潮文庫

「徴産制」新潮文庫

国外脱出幇助の罪で
懲罰的産役に処せられたタケル。
配属先は
放射性廃棄物処理場のある
Q村だった。そこで知り合った
マサミに騙され、
彼は売春施設に監禁され、
客を取らされる。
絶望する中、Q村の諸施設は
テロ攻撃を受け…。

前回、田中兆子の本作品
「徴産制」を取り上げ、
最高のエンターテインメントと
記しました。
しかし第三章「タケルの場合」だけは
異なります。
暗澹とする世界が広がっています。

懲罰的産役が課された場合、
産教センターでの指導も
暴力が日常茶飯事、
配属先は危険な地域、
人権もまったく保障されない、
地下組織が暗躍する、
行政も警察組織も見て見ぬ振り、
全くのアンダーグラウンドの
世界なのです。
この第三章だけが、
浮き上がっているようにも見えますが、
決してそうではありません。
他の四つの章にも
濃淡さまざまな「毒」、
つまり「笑えない話」が
混入されているのです。

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第一章「ショウマの場合」
①限界集落の問題
ショウマの住んでいるのは
「アキタ地区」の一小村。
「この町は、
 百年前は人口一万人だったが、
 現在は二千人。
 人口の七割が六十歳以上」。
ただでさえ嫁不足なところに
女性人口激減の波が加わり、
若い女性をほとんど
見たことがないという地域なのです。
農業も後継者不足が深刻で、
しかも農地が中国系企業に
買い取られている実態も
描かれています。

②異常気象の問題
地球温暖化は深刻化し、
日本の夏の最高気温は
40℃をはるかに超えています。
その一方で、数年に一度、
極端な寒冷期が到来し、それが
食糧問題を一気に悪化させたのです。

③周辺国との力関係の問題
中国企業による経済的支配の進行や、
韓国系日本人、
ロシア系日本人(ロシアからの移民)の
進出がさりげなく描かれています。
周辺国との力関係が完全に逆転し、
弱小国日本となっているのです。

第二章「ハルトの場合」
④外見至上主義の問題
産役男は、
結局は外見が最優先されるという
現実が描かれています。
「産役男が生きる世界は、
 極端な「外見至上主義社会」であり、
 そこで男たちから傷つけられ、
 苦しんでいる」

⑤キャリアの問題
そうなると妊娠出産できなかった
産役男への偏見やバッシングが起こり、
さらには十分な子育てができなかった
元産役男への非難の視線も
強まることが示されています。
「子供も産まず
 自由だけ謳歌した男が、
 年を取って「税金で
 助けてください」というのは
 おかしい。ヒコクミンである」

⑥食糧自給の問題
世界的な食糧危機により、
アメリカからの輸入が途絶え、
日米関係は破綻しています。
その一方で中国が台頭し、
日本は食糧支援を受けるかわりに
不平等条約を締結、
中国の属国となっているのです。
「国家の独立と自由の保障のために
 必要なものは、実は軍隊ではなく
 食料なのだということを、
 日本の政治家の大半が
 理解していなかった」

⑦優生思想の問題
倫理も愛情も道徳もなく、
かつ何でもありの「人口増加策」は、
優生思想にもつながっていきます。
「いつの日か、
 最優秀な「日本人」種だけを
 残していく政治体制が
 つくれるといいな」

第三章「タケルの場合」
⑧放射能廃棄物処理問題
もっとも安価とされている
「原子力発電」。
しかしその過程で排出される
放射性廃棄物は、
国内の過疎村に分散されていることが
描かれています。
当然、最終処分場選定には
困難がつきまとうのですが、
それを押し進めるとすれば
そこには不正もまた横行するのです。

⑨風俗産業の問題
放射能廃棄物処理に携わる男は
やはり貧困にあえいでいる人間です。
それらの不満を抑えるために、
地下に潜行した風俗産業が暗躍します。
地下組織は産役男を拉致・監禁し、
性風俗につかせます。
行政も警察機関も地下組織と癒着し、
人権蹂躙が堂々と行われているのです。

第四章「キミユキの場合」
⑩ジェンダーの問題
キミユキ・サクラの夫婦は、
男らしさ女らしさという先入観の
もたらす弊害に突き当たります。
女性のキャリア・アップの問題も
複雑に絡んできます。

第五章「イズミの場合」
⑪国民の政治に対する無力感の問題
国民の生活を脅かす政策の
なし崩し的決定が次々に行われた結果、
このような社会が到来したことが
記されています。
「国民が反対の声を上げても
 政府には一向に届かず、
 結局国民はあきらめて
 受け入れてしまうというのは、
 日本という国の宿痾なのだろうか」

ざっと拾い上げただけでも、
2090年代日本社会における社会問題が、
これだけ提示されているのです。
「フィクションの世界のこととはいえ
大変だ」などと思いながら
よく考えると、このほとんどは
現在すでに起きているか、
あるいは表面化していないものの
進行中か、
または男女の位置づけを変えれば
当てはまるものか、
そのいずれかなのだと気づかされます。

産役男が抱える「生きにくさ」は
現代を生きる女性のそれであり、
社会構造・産業構造に関わる問題は
すでに顕在化しつつあり、
国際関係の問題は十分にあり得る
「近い将来」なのです。

エンターテインメントというのは
表面上の姿形です。
本作品は、日本の諸問題を掘り起こし、
目に見える形で開陳した、
将来に向けての「提言書」なのです。
笑い転げている場合では
ありませんでした。
何よりも最終場面が「笑えません」。
「徴産制の次に来るもの」が
予見されているのですから。
近年出版された本の中で、
もっとも示唆に満ちた小説です。
大人のあなた、
そして高校生のあなた、
本書をぜひご一読ください
(でもそのまえに
総理大臣に読ませたい)。

※もしかしたら本書の終末について、
 「不自然」「中途半端」と感じる方も
 いらっしゃるかもしれません。
 そこにこそ、
 最後の「毒」が仕込まれているのです。

(2023.2.14)

dakzxzによるPixabayからの画像

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