ホームズ、初回からいきなり敗戦、でも大成功
「ボヘミアの醜聞」
(「シャーロック・ホームズの冒険」)
(ドイル/日暮雅通訳)光文社文庫
ホームズに探偵を依頼したのは、
仮面をつけた大柄な紳士だった。
ある女性と二人で写った写真を
取り戻して欲しいというのだ。
それはボヘミア王室に関わる
重大な事件なのだという。
仮面の紳士はなんと
そのボヘミアの国王だった…。
コナン・ドイルによる
シャーロック・ホームズシリーズの
短編第一作です。
本作品以前に、長編二作
「緋色の研究」「四つの署名」が
書かれてあるのですが、そちらは
残念なことに当時ほとんど売れず、
話題になることがなかったようです。
しかしドイルは諦めることなく
短編で勝負、1891年、
雑誌「ストランド・マガジン」に
本作品が登場し、
一役シャーロック・ホームズは
イギリスの読者たちに
もてはやされるようになるのです。
〔主要登場人物〕
「わたし」(ジョン・H・ワトソン)
…語り手。医師。以前ホームズと
ルーム・シェアリングしていた。
シャーロック・ホームズ
…探偵コンサルタント。
アイリーン・アドラー
…歌手、オペラのプリマドンナ。
交際していたボヘミア王を恐喝。
カッセル=ファルシュタイン大公
…ボヘミア王。過去の交際をネタに
アイリーンから恐喝を受ける。
ゴドフリー・ノートン
…弁護士。
アイリーンが度々訪問している。
本作品の味わいどころ①
やはり前二作を読んでからが面白い
ホームズの短編ものは、
どれから読んでも面白さは同じです。
ドイルは作品に描かれた事件の時系列を
あまり気にしていなかったのでしょう。
でも当然のことながら、
「緋色の研究」「四つの署名」を
読んでからの方が
面白いに決まっています。
冒頭、ホームズとワトスンが
再会を果たすのですが、
前二作の経緯がわからないと
やや混乱するはずです。
「ホームズとワトスンは
いつも一緒にいるはずなのに」と。
これについては、
「緋色の研究」で
ホームズとワトスンが知り合い、
ルームシェアリングするように
なったということと、
「四つの署名」で
ワトスンが依頼人の女性と結婚し、
ホームズの部屋から
退去していたという事情を
知っていてこそ、
面白みが増すというものです。
本作品の味わいどころ②
すでに名声を得ている探偵ホームズ
そのホームズですが、
どうやら「四つの署名」事件のあと、
いくつもの難事件を解決し、
すでに名声は
十分な状態になっているのです。
前二作とは異なり、
押しも押されもしない「名探偵」として
君臨しています。
読み手にとっては、
駆け出しの探偵の活躍よりも、
絶対的な能力を持った探偵の
超人的な活躍の方が
読んでいて楽しいはずです。
前二作でホームズのデビューを
丁寧に描いたドイルですが、
短編デビュー作である本作では、
ホームズを
スーパー探偵として描くことにより、
読み手の心を
わしづかみにしてしまいました。
本作品の味わいどころ③
初回からいきなり敗戦、でも大成功
本作品の結末の一節です。
「ホームズの周到な計画が、
ひとりの女性の機知の前に
破れ去った話である」。
ホームズ全集第1巻が、
実はホームズ敗戦譚から
始まっているのです。
前二作がこけて、
この短編作品の雑誌連載により、
仕切り直しをした
ホームズ・シリーズなのですが、
なんと初回からいきなり敗戦。
どうしたホームズ、どうしたドイル。
でも、これでいいのでしょう。
スーパー探偵vsスーパー・レディの、
ハイレベルな勝負が
演じられたのですから。
そしてその結果、
作品が売れたのですから。
これは大成功なのです。
やはりホームズ作品は面白い。
日本の年号で言えば
明治20年代の作品です。
それなのに現代の世の中においてさえ、
最高のエンターテインメントと
なっているのですから驚きです。
ホームズ・シリーズ60作品を
すべて読んでみたいと思います。
〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
注釈/解説
エッセイ「私のホームズ」小林章夫
(2023.2.17)
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〔光文社文庫ホームズシリーズ〕
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