「ヴィール夫人の亡霊」(デフォー)

デフォーの怪談、綺堂の翻訳、読まずにはいられない

「ヴィール夫人の亡霊」
(デフォー/岡本綺堂訳)
(「世界怪談名作集」)河出文庫

「世界怪談名作集」河出文庫

九月八日の午前、
バーグレーヴ夫人は
かつての親友・ヴィール夫人の
来訪を受け、旧交を温める。
ところがヴィール夫人は
その前日、七日の正午頃、
持病の発作のために
この世を去っていた。
バークレーヴ夫人は訝しがる。
あれは一体…。

「ロビンソン・クルーソー」で有名な
デフォー
そのデフォーが怪談を書いていた。
そしてそれを岡本綺堂が翻訳していた。
読まずにはいられません。
で、読みました。
何か雰囲気が違います。
怪談らしくないのです。
確かに現れたヴィオール夫人は
亡霊に違いなさそうなのですが、
全然おどろおどろしくないのです。
まるでルポルタージュ。
こんな亡霊目撃譚がありました、という
報告のような体裁なのです。

調べてみると、本作品発表は1706年。
「ロビンソン・クルーソー」(1719年)
よりも10年以上早いのです。
しかもイギリスでゴシック小説が
誕生したのはそれより約半世紀後、
ウォルポール
「オトラント城奇譚」(1764年)が
その嚆矢とされているのです。

ゴシック小説というジャンルが
存在しなかった時代に、
自分が見聞きした幽霊目撃情報を、
何とか素材にして読者に伝えようと
苦心した結果なのかも知れません。
素材をもとにストーリーを
練り上げるという方法ではなく、
超常現象に関する見聞をできるだけ
正確に伝達しようとした末の、
ルポルタージュ的手法なのでしょう。
日時や場所、関係者の名前
(これは仮名かも知れない)が、
きわめて詳細に書かれてあるのは
そのためと考えられます。

考えてみると
「ロビンソン・クルーソー」も、
全くの創作ではなく、
事実を大幅にデフォルメして書き上げた
作品です。
実際に無人島で生活した経験
(ロビンソンのように20数年という
長期間ではない)を持つ
スコットランドの航海長
アレキサンダー・セルカークの
資料をもとに書き上げたものなのです。
デフォルメしたとはいえ、
デフォーの筆致は
事実を大切にしようとする意図が
しっかりと読み取れます。
つまり「ロビンソン・クルーソー」にすら
ルポルタージュと創作の
折衷的な面が見られるのです。

「ロビンソン・クルーソー」を源流として、
その後に続いた作家たちが
こぞって漂流譚や冒険ものを
発表したように、
ウォルポールが切り開いた
ゴシック小説も、そのさらに
最初の一滴を探していくと、
このデフォーの作品に
たどり着く可能性があります。

本作品から文学作品に
幽霊や亡霊が素材として登場し、
ゴシック小説が生まれて英国に広がり、
それはやがて世界へ拡大、
フランスでは
ノディエが幻想小説を開拓し、
アメリカではホーソーンポー
アメリカン・ゴシックの先駆けとなり、
日本では泉鏡花が道をつけ、
それを岡本綺堂が押し広げたのです。
岡本がちっともおどろおどろしくない
本作品を、あえて「世界怪談名作集」に
取り上げたのも、そうした
「大河の最初の一滴」という
認識があったからなのでしょう。

本書は昭和4年に改造社より
「世界大衆文学全集」の一冊として
刊行され、
大好評を博したものなのですが、
河出文庫から1987年に復刊、
その後2002年にも同じ河出文庫から
改訂再発されていたのですが、
すぐに絶版となり、
入手困難な状況が続いていました。
このたびめでたく再復刊しました。
嬉しい限りです。

本書には、
ビアスの「妖物」や
ディケンズの「信号手」など、
これまで青空文庫で読んで取り上げた
作品がいくつか収録されています。
古い作品なのですが、
読み応えは十分にあります。
ぜひご一読を。

〔本書収録作品一覧〕
序 岡本綺堂
貸家 リットン
スペードの女王 プーシキン
妖物 ビヤース
クラリモンド ゴーチェ
信号手 ディッケンズ
ヴィール夫人の亡霊 デフォー
ラッパチーニの娘 ホーソーン

※本書は全2巻構成です。
 もう一冊はこちらです。

〔デフォー「ロビンソン・クルーソー」〕

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EnriqueによるPixabayからの画像

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