いい男といい女が登場する映画のよう
「高嶺の乙女」(ハイゼ/関泰祐訳)
(「片意地娘 他三篇」)岩波文庫

高嶺にある牧人村・トレッピの
家の一つに、
密輸入者たちとともに
一人の紳士・フィリッポが
宿を願い出た。
彼が眠りにつこうとすると、
その家の女主人・フェニーチェが
切り出した。
「もうわたしを覚えて
いらっしゃいません?」
彼女は…。
「高嶺の花」といえば、
眺めているだけで
手に取ることはできない花、
つまり男にとって望んでも
手の届かない女性という意味です。
この作品に登場する
紳士・フィリッポも、
乙女・フェニーチェを望んでも
手に入れることのできない
悲しい運命…、と思っていましたが、
まったく違いました。
表題の「高嶺の」は、
文字どおり「高地に住んでいる」という
意味であり、
男の手に届かないどころか、
女のほうから迫り来るのです。
表題を完全に間違って捉えていました。
〔主要登場人物〕
フィリッポ・マンニーニ
…弁護士。
決闘の約束の場所に赴くために、
トレッピの村にひと晩宿泊する。
フェニーチェ・カッタネオ
…トレッピ村の家の一つの女主人。
激しく熱情的な女性。
フオコ
…フェニーチェの飼い犬。
カルローネ、バキオ
…フィリッポを案内していた
二人の密輸入者。
本作品の味わいどころ①
いい男フィリッポの人物像
弁護士・フィリッポは、若いのに渋く、
実直ないい男です。
七年前に訪れた時、
十六歳のフェニーチェに
一目惚れされたくらいですから、
容貌的にも「いい男」なのでしょう。
彼は決闘の約束を果たすために、
旅路を急いでいたのです。
いわば死にに行こうとしているのです。
それも悪政に反対する人物を
弁護したために、
政府側から合法的に
抹殺されようとしているのです。
だからこそ、フェニーチェの愛を、
頑ななまでに拒み通すのです。
意地を張らずにあえて汚名を着て、
美女と二人で生活すれば
いいのではないかと、
私のような節操のない男は
考えてしまうのですが、それは
彼にとってできない相談なのです。
若くて渋くていい男・フィリッポの
人物像を、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
いい女フェニーチェの情熱
フェニーチェは、
一途で情熱的な女性です
(しかも美少女)。
十五歳のときに初めて会った
フィリッポに一目惚れし、
以来ずっと彼以外の男を無視し、
いつ現れるか分からない彼を
待っていたのですから。
いや、ただ待っただけではありません。
両親が亡くなって
自由になった十八歳のときには、
フィレンツェに住み込んで、
フィリッポの行方を捜しています。
しかしまったく
手がかりがつかめなかったため、
占い師の占いを信じ、
トレッピの村で待ち続けたのです。
再会しても、つれないフィリッポに、
彼女は諦めずに
あの手この手で迫ります。
決闘に出かけることができないように、
寝間に鍵をかけ、
案内役の二人を先に帰す。
自らが道案内をして、
間違ったルートをたどらせる。
「愛の媚薬」を飲ませて、
無理矢理振り向くように仕向ける。
その「愛の媚薬」とは、
「飼い犬フオコを手にかけて
その血を滴らせたワイン」なのです
(ここまでやられたら
さすがに引いてしまいそうですが)。
大和撫子とは正反対の女性像、
恋愛成就のためには
なりふり構わず行動する
フェニーチェの情熱を、
十分に味わってください。
本作品の味わいどころ③
いい男といい女の愛の行方
いい男といい女は、
得てしてすれ違ってしまうのです。
最後まですれ違い続けるのですが、
最後の最後で二人は結びつきます。
いい男といい女の愛の行方こそ、
本作品最大の味わいどころです。
存分に堪能してください。
まるで昔の映画(それもモノクロの、
「カサブランカ」のような)を
見ているような錯覚をおぼえました。
いい男といい女が登場する映画は
必然的に名画なのです。
ノーベル賞作家のハイゼの逸品、
ぜひご賞味あれ。
※「ご賞味あれ」と記したのですが、
例によって絶版中です。
こんな素敵な作家と作品が
埋もれたままになっているのは
許せないことです。
再評価と復刊を、強く願います。
〔本書収録作品〕
(2023.3.2)

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