「終りし道の標べに(真善美社版)」(安部公房)

友人のために安部が文章として建立した墓標

「終りし道の標べに(真善美社版)」
(安部公房)講談社文芸文庫

「終りし道の標べに(真善美社版)」

何故そうしつように
故郷を拒んだのだ。
僕だけが帰って来たことさえ
君は拒むだろうか。
そんなにも愛されることを拒み
客死せねばならなかった君に、
記念碑を建てようとすることは
それ自身
君を殺した理由に
つながるのかも知れぬ…。

以前、安部公房の本作品を
取り上げました。
そのときのテキストは
新潮文庫版であり、
昭和40年に冬樹社から出版された
改訂版にあたります。
今回再読したのは
講談社文芸文庫から出ている、
昭和23年の真善美社版、
つまり安部公房の真の処女作と
いわれているものです。

〔主要登場人物〕
「私」(T)
…語り手。サイダーの製造技師。
 馬車で移動中、陳に捕らえられる。
 病が進行している。
 「秘密」を隠していると誤解される。

…匪賊の頭目。捕らえた「私」に興味を
 覚え、友人として接するが、
 後に地下牢へ幽閉。

…房の一人娘の許嫁。
 房から金塊を運ぶ任務を与えられ、
 「私」と同行するが、陳に捕らえられ、
 地下牢に幽閉される。
李清枕・李清中
…村の勢力者の兄弟。
 陳とは腹の探り合いをしている。
房大爺
…錦県の小資本家。
 高の妹を引き取っていたが、
 襲撃してきた陳に引き渡す。
房香春
…房の一人娘。
憑・呂
…「私」・高とともに同行していた
 従者二人。
志門
…「私」の日本での友人。
日開与志子
…志門が下宿していた家の一人娘。

本作品は作者・安部が、
友人・金山時夫なる人物の生き方を、
安部特有のデフォルメ的な筆致で
描出した作品であり、
その墓標代わりにしたものなのです。
冒頭に掲げた一文には
「亡き友金山時夫へ」と
添えられています。では、
金山時夫とはどんな人物だったのか?

幸いにも講談社文芸文庫には、
公房の娘・ねり氏による
「著者に代わって読者へ
亡き友金山時夫へ」なる一文が
添えられていて、理解を助けられます。
それによると、
生まれてから高校入学までの
15年間のほとんどを、安部は
植民地・奉天で過ごしているのですが、
金山時夫は、安部の奉天二中時代に、
その地でできた
日本人入植者の友人なのだそうです。
中学校卒業後、安部は内地へ帰還、
東京の成城高校へ進学したのですが、
金山はそのまま満州の旅順高校へ
進学しています。
日本敗戦の予感漂う昭和二十年八月、
金山は家族とともに一時的に
内地への帰還を試みるのですが、
どんな思惑があったのか、
再び新京へと舞い戻るのです。
安部は人のたよりに、
金山が中国人とともに
盗みを働いて生計を立て、
やがて結核で命を落としたことを
知るのです。
その友人にあてたのが、
冒頭の一文なのです。

本作品は
次のような構成となっています。
〔本作品の構成〕
第一のノート 終りし道の標べに
第二のノート 書かれざる言葉
第三のノート 知れざる神
十三枚の紙に書かれた追録

ねり氏によると、
安部は三冊の大学ノートに
この小説を書いたのだといいます。
この作品は、
小説として書かれたというよりも、
まさしく友人のために
安部が文章として建立した
墓標なのでしょう。

おそらくは、
この真善美社版が
大学ノートに綴られた昭和23年当初は、
安部は文学作品というよりは、
自身の魂の叫びを
文字として記したという感覚が
強かったのではないかと思われます。
しかし作家としての地位を確立した
昭和40年段階では、
本作品を一歩離れたところから見つめ、
文学作品として再形成することを
思い立ったのではないかと
推察できます。
本作品の観念的な表現のいくつかは
具体が与えられるとともに、
志門なる登場人物は
「S」という仮称に変更され、
確かに小説としての体裁が整いました。

17年後に改訂された新潮文庫版には、
作品冒頭の一文は、
以下のように記されています。

《亡き友に》
記念碑を建てよう。
何度でも、繰り返し、
故郷の友を殺し続けるために…。

昭和23年当初に予期していた、
本作品が「君を殺した理由に
つながるのかも知れぬ」という
安部の予感は、
昭和40年には「何度でも、繰り返し、
故郷の友を殺し続けるために」と、
確信に変わるとともに、
自虐性を帯びるまでになっています。

だからこそ、本作品は
作家としての地歩を固める以前の、
安部の率直な心境が
綴られていると考えられるのです。
講談社文芸文庫が
平成7年になってこの「真善美社版」を
出版した理由もそこにあるのでしょう。
ねり氏のエッセイとともに、
リービ英雄氏の「解説」、
そして「作家案内」など、
作品理解に資する資料が
豊富であることも
本書の特筆すべき特徴です。

作家以前の安部公房、
そして安部公房の素顔の一端に
迫ることのできる一冊です。
一読をお薦めしたいのですが、
残念ながら現在絶版状態にあります。
古書を探してみてください。

〔新潮文庫版「終りし道の標べに」〕
こちらも絶版状態のままです。
安部の撮影した写真と
銀色の背表紙による
一連の改訂版の流れとして
復刊することを期待します。

(2023.3.13)

愚木混株 Cdd20によるPixabayからの画像

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