「罪な女」(藤原審爾)

純粋な男女の切ない思いを染め上げる雪の情景

「罪な女」(藤原審爾)
(「百年文庫019 里」)ポプラ社

「百年文庫019 里」ポプラ社

明るい性格のお愛は、
新聞記者の大町にひかれ始める。
深くなってはいけないと
思いながらも、
お愛は次第に大町から
離れられなくなっていく。
「亭主とは別れたのか」という
大町からの問いかけに、
お愛は「別れています!」と
答えたが…。

藤原審爾の代表作であるとともに
直木賞受賞作でもある本作品、遊郭の
どこにでもありそうな設定ながら、
その瑞々しい描写に
ついつい引き込まれてしまいます。

〔主要登場人物〕
お愛
…小田原の芸者。
 子どもっぽいところがある。
大町
…新聞記者。お愛に惚れる。妻あり。
お愛の亭主
…殺人罪で服役中。
 特赦でまもなく出所予定。
愛子…お愛が頼りにする先輩芸者。
…大町の先輩記者。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
芸者らしからぬお愛の切ない思い

大町とこのままの関係で
愛し合っていたい。
そう思っていたところに舞い込むのが
服役中の亭主からの
特赦による出所予定なのです。
大町と亭主の板挟みにあい、
お愛は結局亭主を選ぶのです。

殺人で服役中の亭主など、
さっさと別れてしまえばいいのに、と
現代的に解釈しては
いけないところです。
作品発表の1952年(昭和27年)当時、
まだまだ簡単に別れることなどできず、
離婚をしていない以上、
夫との関係を優先せざるを得ないのは
当然のことです。

「別れています!」などと
嘘をつかなければいいのに、と
つれないことをいってもいけません。
服役中の亭主の存在を忘れ、
目の前の大町と添いたいと願う
お愛の女心は
決して愚かでも嘘つきでもないのです。
芸者でありながらどこまでも純粋な
お愛の女心こそ、
しっかりと味わうべき読みどころです。

本作品の味わいどころ②
妻帯者らしからぬ大町の男の純情

お互いに気持ちは通じているのに、
大町はお愛に手を出しはしません。
きちんとお愛と話し合い、
了解を取った上での逢瀬となるのです。
何とも誠実な人柄を感じさせます。

所詮、男の浮気だろう、と
切り捨ててはいけないのです。
おそらく当時、
首都圏在住者の高給取りの遊郭通いは
決して珍しいものでもなく、
仕事での利用も多かったようです。
ここも令和の現代的物差しで
測ってはいけないところでしょう。
家庭ときちんと切り離して
進めている点や
お愛の人格をしっかりと
尊重している点を踏まえると、
大町は決して軽々しい
浮気男などではないのです。

本作品の味わいどころ③
物語を引き立たせる雪の舞台設定

どうしても亭主を選択せざるを得ない
お愛は、大町との別れを
愛子に伝えてもらうのです。
そしてその状況を
受け入れざるを得ない大町。
彼の男泣きを外で聞いていたお愛。
二人の切ない思いを、
思いがけなく降った雪が、
色濃く染め上げていきます。
「お愛の喉もとへ、
 わっと哭きたい声があふれてきた。
 それをお愛は、必死でとめて、
 雪の中で立ち上がった。
 ぐっと歯を食いしばり、
 泣き声をとめ、
 一ト足一ト足、
 丸窓から離れていった。
 高下駄に雪がつまると、
 それをはらいもせず、
 はだしになった。
 はだしでお愛は、そのまま、
 すごい形相で、瞬きもせず、
 雪のさんさんと降る闇を睨んで、
 真直ぐに、庭をつっきっていった。
 まるでそのまま、地の果てまでも、
 どんどん、
 いっちまいそうな勢いで」

純文学からサスペンス、
恋愛ものやハードボイルドなど、
幅広いジャンルの作品を発表し、
「小説の名人」と讃えられた藤原審爾。
映画化された作品の多さから
「映画に愛された小説家」とも評される
藤原審爾。
その著作の多くは
現在流通が途切れているのですが、
その価値は決して
失われることはありません。
まずは本作品からご賞味ください。

〔「百年文庫019 里」収録作品〕
朴歯の下駄 小山清
罪な女 藤原審爾
今戸心中 広津柳浪

(2023.3.22)

JoeによるPixabayからの画像

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