「飢餓同盟」(安部公房)①

だからといって寓話ではない、異色の安部作品

「飢餓同盟(1954年版)」(安部公房)
 新潮文庫

「飢餓同盟(1954年版)」新潮文庫

温泉が枯渇し、
行き詰まった町・花園。
閉ざされた片田舎で
疎外された人間たちは、
秘密結社「飢餓同盟」を結成し、
権力者の牛耳るこの町の政治の
転覆を謀る。
地下探査技師が
流れ着いたことから、
かれらは地熱発電所建設を
目論むが…。

1954年に発表された、
安部公房初の書き下ろし長篇作品です。
安部の多くの長篇のように
SFじみた部分の少ない
(全くないわけではない)、
社会派サスペンスのような
出来映えとなっている異色作です。

〔主要登場人物〕
⑴飢餓同盟関係者
花井太助
…キャラメル工場主任。
 飢餓同盟首謀者。
 尻尾があると噂されている。
矢根善介
…廃バスに住む。人形芝居師。
織木順一
…地下探査技師。ヘクザンという
 麻薬を使って人間メーターとなり、
 地下電流の調査を行う。
 かつて花園町に住んでいた。
森四郎
…花立町立診療所医師。診療所は
 名ばかりで飼い殺しとなっている。
宇留源平(ウルドック)
…公安委員。元軍人。剣道四段。
井川(イボ蛙)
…情報収集を行う。
狭山
…花園駅職員。
花井里子
…太助の姉。かつて織木が
 憧れていた女性。故人。
⑵権力者サイド・多良根派
多良根
…花園町長。町の独裁者。
穴鉢倉吉
…県企画課長。
 県最大の山林地主の息子。
柿井
…町役場次席助役。町議会事務局長。
浮月
…町役場助役。
重宗晴天
…花園新聞の社長。
目黒
…青年。おそらくは役場職員。
秩父善良
…秩父地下探査研究所長。工学博士。
 織木を技師として育てた。
⑶権力者サイド・藤野派
藤野健康
…藤野医院開業医。
藤野うるわし
…うるわし洋裁学院院長。健康の娘。
藤野幸福
…催眠術の研究家。うるわしの叔父。
⑷読書会メンバー
村山
…中学理科教師。読書会の一員。
狭山ヨシ子
…音楽教師。読書会の一員。
 駅員狭山の姉。
梶尾…読書会の一員。逮捕される。
貝野…読書会の一員。

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安部作品における本作品の異色さ①
寓話ではなくきわめて現実的

安部作品といえばその多くが寓話です。
砂の中の町に捕らえられる男を描いた
「砂の女」
ダンボール箱でその存在が
危うくなる人間「箱男」
自走式ベッドに括られたまま冒険する
「カンガルー・ノート」
誘拐された妻を探して
巨大病院を探索する「密会」
比喩的な表現で鋭く現実を
突き刺すような作品ばかりです。
しかし本作品は違います。

登場人物たちはほぼ完全な形で
名前を与えられ、
現実にきわめて近い世界で
動き回っているのです。
もちろん麻薬を飲んで
人間探知機となる織木の存在は
現実離れしていますが、
それ以外は現実のものとして
説明がつくのです(花井の尻尾は
やはりイボと考えると説明がつく)。

だからといって
寓話ではないとは言い切れません。
この「飢餓同盟」なる奇妙な革命行動の
経緯とその挫折を描いた筋書きは、
それ自体、安部が何を訴えようと
しているかまったく不明です。
おそらくは
何かの暗喩に違いありません。

安部作品における本作品の異色さ②
現状打破の糸口さえ見えない

安部作品に
ハッピーエンドはありません。
もちろん本作品もバッドエンドです。
しかし他の作品には、
バッドエンドながら
なにがしかの光明もまた
見えているのです。
「砂の女」であれば、
あえて脱出を中止し、
砂の中で自らの発見を生かそうとする
主人公の一筋の希望が描かれます。
「終りし道の標べに」は、
主人公が絶望的な死を迎えるのですが、
作品自体が安部の親友への
墓標となっているのですから、
そこに救いを見出すこともできます。
「第四間氷期」
世界は水没するのですが、
新人類が人類の歴史をつなぐ姿が
描かれています。
しかし本作品は違います。

「飢餓同盟」が企てたもののすべては、
彼等が打倒しようとした権力者側に
すべて横取りされ、
同盟は解散に追い込まれます。
首謀者・花井は狂人として収監され、
故郷に錦を飾る夢を見ていた織木は
命を落とします。
他のメンバーも花園を去ります。

最後の一文も強烈です。
「今年もまた多良根が町長となり、
 秩父博士が「地熱研究所長」として
 町に居残ることに
 なったということだ。
 第二、第三の織木が
 製造されることだろう」

権力者側の勢力が
きわめて安定的になったことを示して、
物語は一篇の光明さえ見いだせずに
幕を閉じるのです。

安部作品における本作品の異色さ③
閉ざされた片田舎の反理想郷

安部の描く世界は、
特定不能である場合がほとんどです。
それが都会なのか田舎なのか、
日本なのか海外なのか、
現実なのか異世界なのか、
その境界すら不明な作品が多いのです。
しかし本作品は違います。

具体的な所在地こそ
確定されていませんが、
花園という地名が与えられた旧温泉地、
山間の雪の降る地域であり、
交通の便が悪く、
陸の孤島的な場所であることが
わかります。
しっかりとした現実世界が
舞台となっているのです。
この閉ざされた片田舎で進行した
ディストピアの出現は、
他の作品に
見られないものとなっています。

もちろん、安部作品に
同じ傾向のものなど存在せず、
すべての作品がそれぞれ独特の色彩を
放っていることは事実です。
しかしその中にあってなお、
本作品は異色の存在なのです。
長篇作品においては今ひとつ
人気の上がらない作品なのですが、
味わい深さは他の作品に
決して引けを取りません。
ぜひご賞味ください。

(2023.4.10)

Hands off my tags! Michael GaidaによるPixabayからの画像

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