「片意地娘 他三篇」(ハイゼ)

四者四様、ハイゼの描く「娘」

「片意地娘 他三篇」(ハイゼ/関泰祐訳)
 岩波文庫

「片意地娘 他三篇」岩波文庫

「片意地娘」
若い船頭・アントニーノは、
町娘・ラウレラに想いを寄せる。
しかし彼女は彼の好意を
受け入れようとしない。
父に苦しめられた母を見て、
彼女は男が嫌いになったのだ。
沖へ出たころ、
彼は自分の感情に
結末をつけようと彼女を…。

ドイツ人初のノーベル文学賞受賞作家
パウル・ハイゼの四つの短篇を集めた
作品集です。
四篇とも読み応えがあり、
私にとっては
掘り出し物の一冊となりました。
四篇に共通しているのは
「娘」が描かれているということです。

一作目、「片意地娘」のラウレラは、
一言でいえば表題通り「片意地娘」です。
若い船頭のアントニーノが
想いを寄せるのですが、彼女は
まったく受け入れようとしません。
彼女が頑なであるのには、
彼女が育った家庭環境に
理由がありました。

父から暴力を振るわれ続けた母を見て、
彼女は心に傷を負うのです。
いわゆる夫婦間のDVに
接することによるPTSDなのでしょう。
現代ではよく見聞きします。
しかしラウレラの場合は
単純ではありません。
「暴力を振るう父」以上に、
「暴力を受けても無言で耐え抜く母」、
そしてその後に「父が母に向ける
愛情溢れるまなざし」から、
彼女の心は愛に対して矛盾を感じ、
愛を拒絶しようとしているのです。
「もし愛というものが、
 助けを呼ぼうという場合にも
 口をつぐませ、
 どんなひどい敵からされるよりも
 ひどいことをされても、
 防ぐ力をなくして
 しまうようなものなら、
 わたしは決して男の人に
 心を寄せようなどとは思いません」

片意地娘・ラウレラの心は
どのように氷解したのか?
それが本作品の味わいどころでしょう。

「カプリ島の婚禮」
カプリ島に向かう舟に
乗り込んだ「私」が知り合った
絵描きの青年は、
島で婚約した娘を
母に引き合わせるのだという。
島に到着した
「私」が参加した結婚式に
突然現れたのは、
その絵描きの青年だった。
花嫁は、
彼の婚約者だという…。

二作目、
「カプリ島の婚禮」のアンジョリーナは、
現代日本の感覚からいえば
「尻軽娘」ということになりそうです。

カプリ島の美しい娘・アンジョリーナは
絵描きの青年レオポルトと婚約します。
しかし彼が母親への報告のために
島を離れたわずかの日数の間、
目の前に現れた成金青年
アリスティーデに心変わりし、
そのままブラジルへと
向かうことになるのです。

アンジョリーナとアリスティーデの
結婚式に乱入したレオポルトを、
語り手「私」がなだめるだけの
筋書きなのですが、
深い味わいがあります。
「しっかりしなさい、親友。
 そして翻弄されても
 いい顔が出来るぐらいの
 分別を持つようになさい。
 あの人はあなたを
 不幸にしたでしょう。
 あなたはそんな不幸に
 出あってはならない人です」

しかし「私」はアンジョリーナを
決して貶めてはいません。
そして作者はアンジョリーナを
悪い女として描いてはいないのです。
「カプリ島の女性はそのようなものだ」と
言っているのに過ぎないのです。
それは賞賛でない代わりに
侮蔑でもなく、ただ単に事実として
受け止めているかのようです。

「星を覗く人」
訪ねてきたヅァネットが、
父によって
追い返されたことを知り、
ベピーナは悲嘆に暮れる。
十六になるまで
深窓に育った彼女にとって、
彼は初めて思いを寄せた
男性だったのだ。
彼女は父親を恨むが、
母・ジオコンダはそれを諫める…。

第三作、「星を覗く人」のベピーナは、
さしずめ「わがまま娘」といった
ところでしょうか。
その「わがまま娘」が、
「誠実な女性」へと成長するその瞬間を
切り取ったような作品なのです。

父・ジュゼペは、決して古風な考えから
娘の交際を禁じたわけではありません。
妻・ジオコンダの性格を受け継いでいる
娘の気質を十分に理解し、また、
娘に近づいた青年ヅァネットの素性を
正しく把握した結果であることが、
母から娘へと伝えられます。
そして父親が
決して頑固な性格なのではなく、
誠実に生きている人間であることが
語れるのです。

「高嶺の乙女」
高嶺にある牧人村・トレッピの
家の一つに、
密輸入者たちとともに
一人の紳士・フィリッポが
宿を願い出た。
彼が眠りにつこうとすると、
その家の女主人・フェニーチェが
切り出した。
「もうわたしを覚えて
いらっしゃいません?」
彼女は…。

最後の作品
「高嶺の乙女」のフェニーチェは、
間違いなく「一途で情熱的な娘」です。
十五歳のときに初めて会った
フィリッポに一目惚れし、
以来ずっと彼以外の男を無視し、
いつ現れるか分からない彼を
待ち続けていたのですから。

再会しても、つれないフィリッポに、
彼女は諦めずに
あの手この手で迫ります。
決闘に出かけることができないように、
寝室に鍵をかけ、
案内役の二人を先に帰します。
自らが道案内をして、
間違ったルートをたどらせます。
「愛の媚薬」を飲ませて、
無理矢理振り向くように仕向けます。
その「愛の媚薬」とは、
「飼い犬フオコを手にかけて
その血を滴らせたワイン」なのです
(ここまでやられたら
さすがに引いてしまいそうですが)。
大和撫子とは正反対の女性像、
恋愛成就のためには
なりふり構わず行動する
フェニーチェの情熱こそ、
本作品の味わいどころなのです。

さて、四作品とも、
魅力ある「娘」の登場する、
しかも味わいある筋書きの
素敵な作品たちです。
それらが、
現在埋もれたままになっているのは
何とももったいない話です。
残念なことに本書は長らく絶版中。
復刊がなされることを強く希望する
作品の一つです。

なお、私も岩波文庫の
カバーなし裸本を中古で入手しました。
状態がよかったため、
裸本の表紙の手触りと風合い、
わずかに黄ばんだ頁、
旧仮名遣いの本文、
いろいろなものが
味わい深く感じられます。
電子書籍もいいのですが、
やはり紙の本、
それも上質な古書のテイストは、
たまらない魅力があります。

(2023.4.13)

Lorri LangによるPixabayからの画像

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