「ぼくとニケ」(片川優子)

「動物のケア」「飼うことの責任」「死ぬということ」

「ぼくとニケ」(片川優子)講談社

幼馴染みの仁菜が、
薄汚れた子猫を拾って
「ぼく」の家に連れてきた。
自分の家では飼えないために、
代わりに「ぼく」に
飼って欲しいのだという。
「ぼく」も家族も動物好きであり、
「ニケ」と名付けたその猫を
世話することになるのだが…。

かつて大きな問題となっていた、
保健所による犬猫の殺処分は、
このところ
ずいぶん減少してきたようです。
環境庁の統計データ(こちらから
アクセスできます)によると、
平成16年で
犬猫合計394,799件あった殺処分は、
令和2年で14,457件と、
約30分の1まで減少しています。
しかしそれでもまだ全国でそれだけの
数が殺処分されているのです。
単純計算で1日約40匹もの犬猫が
命を奪われているのですから、
問題が解決したわけではないのです。

実はその内訳を見ると、
犬の殺処分が2,739件であるのに対し、
猫のそれは11,718件と、
猫が約8割を占めているのです。
犬に比べて小型であり、
かつ室内で飼えるということからか、
猫を安易に飼い始め、
手に負えなくなるという状況が
あるのかも知れません。

本作品は、そうした
「生き物を飼う」ということの
責任について考えさせられる
一冊となっています。
小学生の子どもが
公園に捨てられていた子猫を
拾ってくるというのは、
ありがちな設定です。
しかし、そこから展開される筋書きは、
決して甘いものばかりではありません。
現実問題として起こりうることが、
すべてリアルに
盛り込まれているのです。

〔主要登場人物〕
「ぼく」(立石玄太)
…小学校5年生。仁菜が拾ってきた
 子猫を「ニケ」飼うことにする。
ニケ
…拾われてきた子猫。
 「ぼく」が飼い始める。
立石真季…「ぼく」の母親。犬好き。
「父さん」…「ぼく」の父親。猫好き。
立石陽向…「ぼく」の弟。
松木仁菜
…「ぼく」の同級生で幼馴染み。
 家族ぐるみの付き合い。
 学校に行っていない。
 子猫を拾ってくる。
松木雅
…仁菜の母親。離婚し、
 母子家庭となっている。猫嫌い。

…雅の妹。仁菜の叔母。
 猫の預かりボランティアをしている。
秋吉…クラスメート。
瀬戸…クラスメート。

本作品の味わいどころ①
丁寧に描かれる「動物のケア」

衰弱しているニケを
すぐさま動物病院に連れて行き、
治療を受けさせる。
細い注射器を使って、
細心の注意を払ってミルクを与える。
定期的に身体を洗ってやる。
動物病院で
ノミ取りと虫下しをしてもらう。
定期的にワクチンを接種する。
トイレなどのしつけをする。
避妊手術を行う。
そうしたことが、丹念に、
そして正確に描出されているのです。

それを、難しい言葉を避けながら、
なぜそうしたことが必要であるかを、
小学生に語り聞かせるように、
丁寧に記しているのです。
本書を読んだ子どもたちは、
「かわいい」だけでなく、
猫の命をつなぐために、
どれだけのことが必要となるのか、
無理なく理解できるはずです。

本作品の味わいどころ②
丁寧に説明される「飼うことの責任」

仁菜の母・雅が猫嫌いである理由、
そして飼いきれなくなった猫たちが、
保護団体の手を経て
どのように新しい飼い主との出会いを
果たすかについて、
仁菜の叔母・楓の口から語られます。
小学生を視野に入れた作品であるため、
保健所の殺処分にまでは
言及されていませんが、
「安易な気持ちで猫を飼ってはいけない」
「飼うのであれば
最後までしっかり責任を持つこと」が、
説得力を持って迫ってきます。

本作品の味わいどころ③
丁寧に記述される「死ぬということ」

最後は、ニケが悪性の病気にかかり、
命を終える場面が描かれていきます。
命あるものには
必ず「死」が訪れるということ、
動物それも猫は、多くの場合
飼い主より先に「死ぬ」ということ、
そうしたことが過度な演出を排し、
淡々と描かれていきます。
そしてどのような「死」を
迎えさせるかについて、
両親と「ぼく」、そして仁菜を交え、
大人と子どもがともに悩み、葛藤し、
対等な立場で話しあっていく姿が
感動的です。
「ぼく」が出した結論が、
「尊厳のある死」とは
どのようなものなのか、
読み手に深く考えさせてくれます。

こうした描写ができるのは、
作者・片川優子さんが現役の獣医師
(まだ30代、獣医師が本業、
作家は余技と思われる)で
あるからでしょう。
獣医師としての正確な知見が、
作家としての的確な表現力をもって
語られているのが
本書の最大の特徴であり、
彼女でなければ
書きえなかったものなのです。

本書は、第65回青少年読書感想文
全国コンクール(2019年)の
小学校高学年の部の
課題図書に選定されています。
「小学生向けの本」と
侮ることはできません。
文体は平易であり、
登場人物は小学生でありながら、
描かれているテーマは重く、
大人でなければ読み取れない部分も
あるのです。

親子で読むべき本を挙げよ、と
問われたら、
真っ先に推したい一冊です。
大人のあなたも、読んでみませんか。

(2023.4.24)

〔片川優子の作品〕
15歳でいきなり
第44回講談社児童文学新人賞に
最年少で入選、それでいて
作家ではなく獣医師になったのですから
驚きです。
デビュー作はこちらです。

そして大学院生時代に書き上げたのが
こちらです。

これからますます
注目されるべき作家です。

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