「隼の勝利」(久山秀子)

「アバター」の先駆け、「なりすまし」の嚆矢

「隼の勝利」(久山秀子)
(「新青年傑作選集5」)角川文庫

「新青年傑作選集5」角川文庫

「あたし」が金時計を
すり取った紳士は、
殺人事件の容疑者らしい。
探偵・富田から
それを聞いた「あたし」は、
一緒に尾行する。
富田は事件の被害者の姉から
依頼を受けたのだという。
しかし二人は、
怪しい男女によって
車に拉致され…。

昭和52年に角川文庫から刊行された
「新青年傑作選集」最終の
第5巻に収録されている一篇です。
女掏摸が活躍するミステリですが、
色物かと思えば
これがいたって本格的探偵小説。
また素敵なミステリ作家に
出会うことができました。

〔主要登場人物〕
「あたし」(久山秀子)
…語り手。女掏摸。通称・隼のお秀。
富田達観
…老年の私立探偵。
 秀子を助手として使う。
松ヶ枝歌路
…女優。殺害される。
磯野千鳥
…女優。殺された歌路の姉。
 達観に捜査を依頼。
萩原定彦
…歌路の内縁の夫。
小森勝之助
…歌路の情夫。柔道初段。
 実は掏摸でお政とつるむ。
吉村達雄
…千鳥の夫。秀子が金時計を
 すり取った太っちょの紳士。
浜のお政
…隼のお秀のライバル的存在。美人。
小川三平(池田忠夫)
…妹を汚した色魔を殺害し、逃走中。
 その後、秀子と知り合う。
謙吉
…秀子の助手。

本作品の味わいどころ①
女掏摸探偵・久山秀子の危ない魅力

何といっても主人公・久山秀子の魅力が
本作品のすべてです。
女性探偵でさえ珍しいのに、
探偵が本業ではなく、実は掏摸。
いつもは悪事を
はたらいているのですが、
探偵・達観と協力し、
事件の真相に迫るという設定です。
しかも秀子の一人称で語られるため、
読んでいると自分の思考が
秀子と同期され、
読み手が作品の中に
入りやすいしくみになっているのです。
事件の捜査だけでなく、
小川三平への密かな思慕まで語られ、
一層効果が上がっています。
本作品の発表は昭和2年(1927年)。
今から90年以上前の作品でありながら、
なんとも「新感覚」です。

本作品の味わいどころ②
定番キャラ・シリーズものは面白い

この強烈なキャラクター・
女掏摸「久山秀子」は、
シリーズ化しているのです。
従ってシリーズ定番キャラが存在し、
本作品にも登場しています。
これがまた魅力的です。

一人は秀子を助手のように使う
本物の私立探偵・富田達観。
老年でありながら、事件を捜査し、
秀子を活用して事件を解決します。
彼女の悪事を見逃し、
彼女を上手に動かす様は、
老獪としかいいようがありません。
これが若い青年探偵であれば
主役秀子を食ってしまうのでしょう。
老人だから秀子が引き立つのです。

もう一人はライバル役・浜のお政。
今回は事件の依頼者・千鳥に変装し、
秀子・達観の二人を拉致するという
大技に出ます。
「今度は隼が負けね」と息巻くのですが、
その数秒後には警官に追跡され、
二人の拉致を早々と断念するあたり、
実に効果的に主役を引き立てています。

本作品の味わいどころ③
容疑者三人・真犯人はいったい誰?

登場人物の中から、
探偵役の秀子・達観・謙吉を除き、
殺害された歌路とその夫・定彦、
依頼人・千鳥、
ライバル役・お政を外していくと、
実は残るのは警察が容疑者と考えている
小森勝之助、小川三平、
吉村達雄だけに絞られるのです。
この中の誰が犯人か?
アリバイやトリックが錯綜する中での
謎解きであり、ここが本作品を
本格的探偵小説たらしめているのです。
横溝正史のように、
登場人物をすべて怪しく仕立てて
真犯人の特定を困難にし、
犯人捜しの魅力を高める手法も
魅力的なのですが、
それとは正反対の方法であり、
これもまた味わいがあります。

さて、作者もまた久山秀子。
このシリーズは、作者・久山秀子の
自叙伝という形で創られているのです。
若い小粋な女性作家が、
自らを女掏摸に仮託して、
小説の中で縦横無尽に活躍する。
なんとも素敵な姿です。
そしてこれもまた個性的であり、
先進性を感じさせます。

ところが調べてみて驚きました。
この「久山秀子」はペンネームであり、
本人は実は男性
(本名:片山襄)なのです。
しかも海軍飛行予科の教官。
本書本作品の扉頁には
著者の写真(女性!)が
掲載されてあるのですが、
これも「仮託したもの」なのだそうです。
女性だと思い込んで愛読していたら、
実はその正体は
海軍のごっつい男だった。
久山秀子は、現在でいう
「アバター」の先駆けであり、
「なりすまし」の嚆矢ともいえる
存在なのでした。
いやはや先進性もここまでくると、
もはや脱帽です。

いっぺんに好きになってしまいました。
久山作品をもっと読んでみたいと
思います。
残念なことに文庫本などは出ておらず、
論創ミステリ叢書からハードカバーが
4冊ほど出版されているようです。
近いうちに手に入れたいと思います。

〔久山秀子の本〕

(2023.4.28)

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