五人の告白者からなる、六篇の連作短編集
「告白」(湊かなえ)双葉文庫
…わたしが辞職を決意したのは
真奈美の死が原因です。
しかし、もしも愛美の死が
本当に事故であれば、
悲しみを紛らわすためにも、
教員を続けていたと思います。
愛美は事故で死んだのではなく、
このクラスの生徒に
殺されたのです。
やはり衝撃的です。
終業式での学級担任が、
名指しこそ避けながらも、
名指し以上に
突き刺さるような言葉のナイフで、
このような演説をするとは。
読み始めて数分で、
背筋に冷たいものが走り、
それでいながら、あまりの面白さに、
頁をめくる手を止めることが
できなくなりました。
湊かなえの衝撃的なデビュー作
「告白」です。
本作品の面白さは、書き切れないほど
挙げることができますが、その多くは、
五人の告白者からなる、
六篇の連作短編集
(一章ずつ、個別の作品として
発表されている)でありながらも、
各章に緊密な連携が見られ、
一つの長篇作品として
完成していることに起因しています。
〔主要登場人物〕
森口悠子
…一人娘・愛美を
自身が担任する生徒に殺害され、
独自の方法で復讐を果たす。
シングル・マザー。
森口愛美
…悠子の娘。悠子の勤務する中学校の
プールで水死体で発見される。
桜宮正義
…悠子の元同僚であり、婚約者。
愛美の父親。
「世直しやんちゃ先生」として
メディアで取り上げられ有名になる。
HIVに感染、
それが原因で、悠子との結婚を拒む。
渡辺修哉
…悠子の担任生徒。
犯人「A」として悠子から告白される。
傲慢で自己顕示欲が強い。
八坂
…修哉の母。K大学准教授。
修哉を捨てて研究室へと復帰する。
修哉の父
…電気店経営。
再婚に伴い、修哉を遠ざける。
渡辺美由紀
…修哉の継母。
瀬口喜和
…K大学教授。
修哉が発明展に出品した
「びっくり財布」を評価する。
下村直樹
…悠子の担任生徒。
犯人「B」として悠子から告白される。
劣等感が強く、後ろ向きな考え方。
不登校となる。
直樹の母
…専業主婦。過保護傾向。
理想が高い教育熱心な母親。
学校へしばしばクレームを入れる。
下村義彦
…直樹の父親。家庭内での異変に
気づいていながら見過ごしていた。
下村聖美
…直樹の姉。東京の大学二年生。
北原美月
…学級委員長。成績は優秀。
しかし友達がいない。
寺田良輝
…悠子の後任として学級担任となる
若き熱血教師。
〔本作品の構成〕
第一章 聖職者 語り手:森口悠子
第二章 殉教者 語り手:北原美月
第三章 慈愛者 語り手:下村聖美・母
第四章 求道者 語り手:下村直樹
第五章 信奉者 語り手:渡辺修哉
第六章 伝道者 語り手:森口悠子
本作品の味わいどころ①
話者が変わることによって
立体的に彫像される登場人物
語り手が変わることにより、
目線が変わり、それぞれが見る
人物像が変化してくるのです。
第一章で語り手「わたし」の口から
語られる犯人A・Bは、
具体的な名前も伏せられ、
実像を伴わないものなのですが、
次の第二章では
名前が明かされるとともに、
級友から見た修哉・直樹像が
鮮明になります。
それは森口悠子にしても同じであり、
第一章では「わたし」だけで
名前は明らかにされず、
第二章で「悠子」という名が、
さらに第三章でようやくフルネームが
明らかになるという
念の入りようです。
修哉・直樹については、
さらに本人の語りの章に入り、
その内面までが
明らかになっていくのです。
章が進み、話者が変わるにつれて、
登場人物たちが
立体的に動き出していく、
この面白さをまずは
しっかりと味わうべきでしょう。
本作品の味わいどころ②
縦横無尽に張りめぐらされた伏線と
その後の見事な回収
時期をずらして発表された
連作短編集でありながら、
各章のつながりは
緻密で精巧にできてきます。
第一章だけ読んでも
気づかずに通り過ぎてしまうのですが、
そこにはいくつもの伏線が
張られているのです。
第二章以降が、
「付け足し」や「後出し」を
積み重ねてつくられたような
安易なものではないのです。
最初から精細な設計図をもとにして
丹念に組み上げられた作品なのです。
だからこそ、再読にも耐えられ、
二度三度と
繰り返し読まれるべき作品であり、
そのたびごとに新しい発見を
もたらしてくれるのです。
一読しただけではわからない、
その緻密で精巧な構成を、
次に丁寧に咀嚼するべきです。
本作品の味わいどころ③
嘘と虚飾と自己弁護にまみれた
語り手それぞれの「告白」
六つの章を告白体で構成し、
当事者の口から
すべてを語らせているのが
本作品の特徴です
(第三章のみ異なるのですが、
それも告白者・姉・聖美の方は
あくまでも導入と結末だけであり、
本文自体は母親の日記による
「告白」です)。
読み手は自らがその「告白」の
直接的な聞き手の役割にまわるため、
その迫真性に圧倒されるばかりです。
しかし読み終えたあと、
冷静に考えると、
それぞれの「告白」には、
嘘と虚飾と自己弁護が相当に
含まれていることに気づかされます。
読んでいる最中は、
登場人物たちの境遇に思いがはたらき、
強い共感を覚えるのですが、
読後、我に返ると、
完全に作者の術中にはめられていた
ことに気づかされるのです。
語り手それぞれの「告白」の、
何が真実で何が嘘か、
しっかり見極めながら読む、
ゲームにも似た緊張感を、
最後にしっかりと堪能すべきです。
古典ミステリを味わってばかりいて、
現代ミステリが
お留守になっていました。
読むとやはり面白くて止められません。
ミステリ史の大河の源流に涙香や乱歩、
横溝などの古典があり、
その下流には
広く豊かな現代ミステリという
河口が広がっている、
それを実感させてくれる作品です。
遅ればせながら、
湊かなえのファンになりました。
作品をもっと読んでみたいと思います。
(2023.5.1)
〔「告白」特装本のPR動画〕
湊かなえデビュー15周年を記念して、
2023年3月、
記念特装本が刊行されました。
〔映画「告白」〕
10年ほど前に映画化もされています。
私はまだ見ていませんが、
松たか子の怪演や幼児役の芦田愛菜、
どこにいるかわからない能年玲奈など、
話題に事欠かなかった映画でした。
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