「虚飾を排して読み手の想像で補完させる」という文体
「幽霊なるもの」(ビアス/小川高義訳)
(「アウクリーク橋の出来事/豹の眼」)
光文社古典新訳文庫
カミングス牧師が
ベイカーの農地を
馬車で通りかかるとき、
橋に立つ人影が目に入った。
彼は男に話しかけようとするが、
男の姿は一瞬で消えてしまう。
どうやら幽霊のようだ。
翌日、
不思議な出来事のあった場所に
駆けつけると…。
「首縊りの立会人」
「死」と「戦争」を描いた作家・ビアスの、
4小品からなる
幽霊記録集とでもいうべき一篇です。
短い序文には、
これら4篇が筆者から
聞き及んだ話であること、
そして「いくらか整え」たものの、
必要以上に手を加えるのを
慎んだ旨が書かれてあります。
その文言に嘘がないならば、
事実をそのまま
原稿にしたということになります。
〔「首縊りの立会人」登場人物〕
ダニエル・ベイカー
…行商人を殺害したらしい老人。
カミングス
…バプティスト派の牧師。
行商人の幽霊を目撃する。
サミュエル・モリッツ
…白骨死体として発見された行商人。
一作目の「首縊り立会人」で、
牧師が翌日幽霊の目撃現場に
駆けつけて見たものは、
農場の主・ベイカーの
首吊り死体だったのです。
昨夜牧師が見たものは、
ベイカーに殺害された
行商人の幽霊であり、
ベイカーは自殺とされたのですが、
おそらくは呪い殺されたであろうことが
推察できます。
コンウェイとバーティングは、
どちらか一方が先に死んだとき、
できる限りあの世からの
通信を試みるという
約束を交わす。
ある日、
「私」がコンウェイに会うと、
彼はバーティングに
絶縁されたという。
しかしバーティンクは四日前…。
「冷たい挨拶」
〔「冷たい挨拶」登場人物〕
ベンソン・フォーリー
…語り手。
ジェイムズ・H・コンウェイ
ローレンス・バーディング
…どちらかが先に死んだ場合、
あの世からの通信を試みるという
誓約を交わした二人。
こちらもバーティンクが
四日前にすでに死亡していることが
明かされます。
コンウェイが絶縁されたかに思えた
素っ気ない挨拶は、
バーティンクからの「あの世からの
可能な限りの通信」であることが
うかがえます。
最後の一文もオチが効いています。
しばらく家を離れていた
ホルトは、ある夜の散歩の最中、
「静かな赤い妖光」に襲われる。
その光には、
やがて離れて暮らす妻が
幼い子どもを抱きしめている姿が
浮かび上がった。
しばらくして、
ホルトに電報が届く。
そこには自宅が…。
「無線通信」
〔「無線通信」登場人物〕
ウィリアム・ホルト
…裕福な人物。別居中の妻と子どもの
幽霊と遭遇する。
電報に書かれていた内容は、
もちろん災難を告げるものでした。
「赤い妖光」が何を表し、
「幼い子どもを抱きかかえる妻の姿」が
どんな様子を示したものか、
電報以上に事実を早く正確に伝えた
妖しい光なのでした。
ぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
未決囚・ブラウアーは、
看守を殺害して脱獄に成功する。
だが留置場の役人が追跡し、
彼の背後に迫る。
観念した彼は、
背後の男の指示するがままに、
留置所へと引き返す。
振り返ると、背後には
眉間から血を流した
看守が立っていた…。
「逮捕」
〔「逮捕」登場人物〕
オリン・ブライアー
…義理の兄を殺害して逮捕される。
看守を殺害して脱獄する。
バートン・ダフ
…ブライアーに殺害された看守。
ブラウアーが自ら留置所の牢に戻ると、
背後に男の姿はなく、
牢の傍らに
看守の死体があったというものです。
つまり看守は殺害されても
幽霊となって追跡し、
脱獄犯逮捕に
成功したということになるのです。
これらは序文で
作者が明かしているように、
「侘しいくらい簡素」であり、
「文学性をねらった粉飾」の
ないものです。
4篇ともきわめてあっさりしています。
しかし、淡々と語る文章自体に
怖さはないものの、
描かれざることを想像で補ったとき、
恐怖が襲ってくる
しくみになっているのです。
「虚飾を排して読み手の想像で
補完させる」という文体が、
本作品(に限らず、ビアス作品の
いくつかはそうなのですが)の
大きな特徴となっています。
そのビアスですが、
自身の生き様(というか死に様)も
同様です。
彼は、1913年10月、かつて関わった
南北戦争の旧戦場をめぐる
旅に出ましたが、
そのまま行方が
わからなくなっています。
直前には、
「その先どこに向かうかは
私自身にもわからない」と
記した手紙を残しています。
詳しい事実は
一切明らかにはなっていません。
「行き止まりの洞窟に入って
二度と出てこなかった説」
「戦場で横死した説」
「銃殺刑に処された説」など、
ジャーナリストや研究者が
その失踪を解明しようとしたのですが、
謎のままです。
ビアスの死にも、
「読み手の想像による補完」が
必要なようです。
(2023.5.25)
〔本書収録作品一覧〕
アウルクリーク橋の出来事
良心の物語
夏の一夜
死の診断
板張りの窓
豹の眼
シロップの壼
壁の向こう
ジョン・モートンソンの葬儀
幽霊なるもの
レサカにて戦死
チカモーガの戦い
幼い放浪者
月明かりの道
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