「豚群」(黒島伝治)

歴史を変えてきたのは「勇気ある弱者」たち

「豚群」(黒島伝治)
(「橇/豚群」)講談社文芸文庫

「橇/豚群」講談社文芸文庫

「豚群」(黒島伝治)
(「百年文庫083 村」)ポプラ社

「百年文庫083 村」ポプラ社

小作争議が紛糾し、
小作料不払いの百姓に対して、
地主は飼育している
豚の差し押さえに出る。
対抗策として小作たちは、
豚を小屋から放ち、
誰の所有かわからぬように
することを決行する。
ところが裏切って
加担しない者達も現れ…。

プロレタリア文学から反戦小説まで
手がけた明治生まれの作家・黒島伝治
掌編です。
黒島のプロレタリア傾向の
作品の多くは、労働者側
(もしくは弱い立場の人間)の
みじめな敗北を描いた
作品が多いのですが、
こちらは小作側の痛快な勝利です。

〔登場人物〕
健二
…村の小作。奉公に出ていた醤油会社
 (地主の経営)から暇を出される。
 豚飼いに専心。
 豚を解き放つ計画に加わる。
「親爺」
…健二の父親。豚を飼う。
 計画にはあまり乗り気でない。
宇一
…村の小作。
 計画に加わっていたが、裏切る。
醤油屋
…村の醤油製造会社社長。
 村の小作の多くの地主。
 小作争議に対抗して、
 豚の差し押さえを画策する。
留吉
…村の小作。計画を実行。

ここで描かれているものの一つめは、
かつての地主もしくは権力者による
詐取の実態です。
高い小作料を取るとともに、
支払えなければ財産を没収しにかかる。
奉公人を安い賃金で雇いながら、
しばしばその支払いは滞らせる。
問題があれば賃金未払いで解雇する。
圧倒的な力関係に縛られた
農村の実態が、掌編ながら
余すところなく描かれているのです。

そして二つめに描かれているのは、
その権力者に対し、
何とかして抗おうとする
市井の民のたくましさです。
豚の解き放ちは
それなりのリスクを孕んでいます。
健二の豚舎には
身重の牝豚が一頭います。
それを解き放つと、
どこかでけがをした場合、
母子ともども命を失います。
また、持ち主が
特定できないようにすることは、
後日、自らが飼育した良質な豚が、
他家の質の劣ったそれと
取り違えられる可能性もあるのです。
そうしたリスクを背負いながらも、
抗う道を選んだ心境が、
丁寧に記されています。

その上で描かれている三つめは、
それでも一枚岩にはなれない
「弱い人間」の姿です。
豚舎を持つ半数の人間が
計画に加担せず、
解き放ちをしないまま
役人を迎え入れます。
さらなる仕返しを恐れたからです。

不幸な立場に置かれている人間は、
二通りに別れます。
一方は、その現状を
何とかして変えようとする者、
他方は、より悪化することを恐れて
現状維持を願う者です。
仕方がありません。
力ある者に抗えば、怪我をするのは
避けられないのですから。
それを恐れるなというのには
無理があります。
「長いものには巻かれよ」という言葉は、
そうした心情を表しているのでしょう。

しかし、歴史を変えてきたのは
前者の「勇気ある弱者」たちなのです。
本作品においても、
計画の実行者たちが勝利し、
裏切って権力になびこうとした
百姓たちは損をするのです。
詳しくは読んで確かめてください。

権力への抗いの結果として、
敗北の虚しさだけでなく、
小気味よい勝利を描くことにより、
黒島作品は
読み継がれるものとなったのでしょう。

〔黒島伝治の本について〕
黒島伝治の本は、しばらくの間
すべて絶版となっていました。
ところが2013年になってようやく
単行本「瀬戸内海のスケッチ」が
出版されました。

続いて2017年には
講談社文芸文庫から本書が、
そして2021年には
岩波文庫から「黒島伝治作品集」が
出版されています。
再評価が進むことを願っています。

〔「橇/豚群」収録作品〕
電報
二銭銅貨
盂蘭盆前後
豚群
彼等の一生

渦巻ける烏の群
パルチザン・ウォルコフ
浮動する地価
前哨
人と作品 勝又浩
年譜/著書目録

〔「百年文庫083 村」収録作品〕
電報 黒島伝治
豚群 黒島伝治
馬糞石 葛西善蔵
泥芝居 杉浦明平

〔関連記事:黒島伝治作品〕

〔青空文庫〕
「豚群」(黒島伝治)
「作品リスト 黒島伝治」

黒島伝治は、青空文庫化が
進んでいる作家の一人であり、
2023年5月現在、
39作品を読むことができます。
少しずつ読んでいきたいと思います。

(2023.6.7)

Michael StrobelによるPixabayからの画像

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