因果が、やはり廻ってくるとすれば、いったい…
「少女」(湊かなえ)双葉文庫
人の死の瞬間を見たい。
転入生・紫織の告白を聞き、
そう願った二人は、
それぞれの方法で、
目的を達成しようと試みる。
敦子は老人ホームで
入居者の死を確かめようと、
由紀は小児病棟の子どもの死に
立ち会おうと、
ボランティアに…。
「人が死ぬ瞬間を見てみたい」。
なにやら湯本香樹実の名作
「夏の庭」を彷彿とさせる動機ですが、
本作品は似て非なるものです。
「夏の庭」のような
「無邪気さ」はあるのですが、
女子高生特有の濁った無邪気さです。
「夏の庭」のような
「一夏の体験による主人公の変化」は
あるのですが、
健全な成長のように見えて、
そこには暗さが滲み出ています。
「夏の庭」のような
「充実した読後感」はあるのですが、
それは爽快な雰囲気ではなく、
背中に冷たいものが
流れ落ちるような印象です。
作者が湊かなえですから。
〔主要登場人物〕
「わたし」(桜井由紀)
…語り手(*のパートの語り手)。
高校2年生。冷静沈着な性格。
認知症の祖母の行動に苦しめられる。
敦子をモデルに書いた小説
「ヨルの綱渡り」を描き上げる。
「あたし」(草野敦子)
…語り手(**のパートの語り手)。
高校2年生。天真爛漫な性格だが、
その実、過度の不安症。
中学最後の大会での惜敗以後、
剣道から遠ざかる。
紫織(滝沢紫織)
…転入後、由紀・敦子と親しくなる。
親友の死を由紀と敦子に語る。
その告白は、二人に「人の死の瞬間を
見たい」という気持ちを呼び起こす。
牧瀬
…由紀の交際相手。
電車のホームで投身自殺を目撃。
凶暴さを潜めている。
小倉
…由紀と敦子の元担任の国語教師。
自称作家。
「ヨルの綱渡り」を盗作して
新人文学賞を受賞する。
「事故」により死亡。
援助交際の形跡あり。
おっさん(高雄孝夫)
…敦子がボランティアに通う
老人ホームの職員。文学愛好家。
離婚歴あり。
大沼さん・小沢さん
…敦子がボランティアに通う
老人ホームの職員。
由紀の祖母(姓:水森)
…認知症。
敦子が通う老人ホームに入居。
昴・太一
…大学付属病院小児病棟に
入院中の小学生。
三条(三条ホーム社員の中年男性)
…昴の父親の情報を条件付きで
由紀に提供すると提案する。
星羅
…紫織の親友。
援助交際を裏サイトに書かれ、自殺。
本作品の味わいどころ①
「あたし」と「わたし」が紡ぎ出すドラマ
前作「告白」では、
複数人の話者が一章ずつを受け持ち、
物語は重層的に
織り上げられていたのですが、
本作品は話者が二人です。
「あたし」と「わたし」が交互に現れ、
親友であるはずの二人が、
お互いに疑心暗鬼を抱えながら、
筋書きを進行させています。
由紀が創作し、小倉が盗用した作品
「ヨルの綱渡り」。
そこに自分を主人公にした
冷やかしが描かれているという
敦子の思い込みが、
二人の仲を冷え込ませているのです。
おどろおどろしい「遺書〈前〉」を
冒頭において開始される本作品、
どう考えても
ミステリであるはずなのですが、
一向に事件は起きません。
「人が死ぬ瞬間を見てみたい」願望を
叶えるため、どちらかもしくは二人が、
殺人を犯してしまうのかと思いきや、
「あたし」(由紀)は
子どものいたいけな願いを叶えるために
奔走し、
「わたし」(敦子)は
「おっさん」と蔑んでいた
中年男性の命を守るために
立ち上がるのです。
ついには誤解が解け、
二人の関係は修復されるのです。
本作品の味わいどころ②
青春物語、に見えて、やはりミステリ
なんと青春物語。
してやられた!
これは由紀と敦子の、
それぞれの一夏の体験を通して、
その関係が再構築される過程を追った
青春物語だったのか!ところが…、
終末に添えられたほんの数頁の
「終章」を読んで再び衝撃!
やはりミステリだった!
冒頭の「遺書〈前〉」の存在を
忘れていました。
物語は「遺書〈後〉」で
締めくくられるのです。
「遺書」ですから、当然自殺です。
「自殺の誘導」、それこそが
本作品における「事件」なのでした。
本作品の味わいどころ③
テーマは因果応報、繋がる人物と人物
冷静に考えると、「青春物語」に
感動している場合ではなかったのです。
「遺書」から始まり「遺書」で終わる、
れっきとしたミステリです。
しかも、「自殺の誘導」は
それだけではありません。
そこに至るまで、
由紀も敦子もそれぞれ一度ずつ
それを行っているのです。
本人たちにしてみれば、
「そんなつもりはなかった」のでしょうが
決定的に追い込んだのは確かです。
それも、登場人物たちは
実に見事に繋がっています。
誰かのちょっとした「悪意」が、
別の誰かの「悪意」を招き、
それは廻り廻って自らに帰って来る。
度々登場するキーワード「因果応報」が、
作品全体を貫いているのです。
そして、読み終えた後、
背筋が寒くなってきます。
冒頭と終末に配置された「遺書」を遺した
少女の命を絶つに至った因果が、
やはり廻ってくるとすれば、
いったい…。
「ヨルの綱渡り」の結末は、
「ヨルが歩いているのは、
深い谷底にかかる、
細いロープの上じゃない。
足下のロープは
太く頑丈な橋の上にただ
置かれているだけのものだった」。
しかしながらこの二人(特に由紀)は、
実はまだ
綱渡りをしているのではないかと
思えてならないのです。
「イヤミス」なる言葉があることを、
遅ればせながら知ることができました。
なるほど、
「嫌な気持ち」にさせる作品は、
純文学ではなかなかあり得ず、
ミステリならではのものということが
できます。
湊かなえ、やはり恐るべき作家です。
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まだまだたくさんあります。
これからじっくり
愉しんでいきたいと思います。
(2023.6.19)
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