「廃市」(福永武彦)

「町」と「人」の、何と淀んでいることか

「廃市」(福永武彦)
(「百年文庫069 水」)ポプラ社

「百年文庫069 水」ポプラ社

「僕」が紹介された
旧家・貝原家には、おばあさんと
その娘・安子がいるだけで、
若夫婦とは
顔を合わすことがなかった。
ある日、墓参りする安子に
同行した「僕」は、
寺で安子と姉・郁代が
対座しているのを目撃する。
そこにはどんな事情が…。

人間の宿命である愛と孤独を見つめ、
美しい文体と斬新な手法で
編み上げた小説を数多く創作した
福永武彦
その代表作の一つである
「廃市」を読みました。
滅びへと向かう街と人間の、
美しさと哀しさが
鮮やかに浮かびあがる作品です。

〔主要登場人物〕
「僕」(A)
…語り手。大学生。
 卒業論文作成のため、
 静かな環境を求め、
 田舎町の貝原家で一夏を過ごす。
貝原安子
…貝原家に住む孫娘。二十歳前後。
 「僕」の面倒をみる。
おばあさん
…安子の祖母。
 連れ合いと息子夫婦はすでに死去。
貝原郁代
…安子の姉。
 訳あって寺に引きこもっている。
貝原直之
…郁代の夫。貝原家の婿養子。
 家を出て愛人と同居中。

…直之の愛人。

作品の舞台は
明確な名称を与えられていません。
「水の多い、ひっそりとした」
「沢山の掘割がある」
「町の道幅はどれもこれもひどく狭く」
「どこの家でも小舟を持っていた」
「古びた、しかし美しい」
「非生産的な、歴史の中に
取り残されてしまったような」
というような形容が並んでいます。
古い時代そのままの町なのでしょう。
「僕」はそこに美しさを見出すのですが、
安子は自らが住む町に、
希望を見出せていないのです。
「死んでるんですわ、この町。
 何の活気もない。
 昔ながらの職業を持った人たちが、
 昔通りの商売をやって、
 段々に年を取って死に絶えていく町。
 若い人はどんどん
 飛び出して行きますわ、
 あとに残ったのは
 お年寄りばかりよ」

前に進むことができないでいるのは
「町」だけではありません。
そこに住む人々もまた
時代に取り残されたまま、
やるせなさを感じているのです。
「町の人たちも、熱心なのは
 行事だとか遊芸だとかばかりで、
 本質的に退廃しているのです。
 生気というものがない、
 あるのは退屈です、
 倦怠です、無為です」

まるで令和の現代の少子高齢化、
人口減少、地域衰退・地方消滅の実態を
解説しているかのように見えますが、
本作品が発表されたのは昭和34年。
しかも「僕」が
十年前を回顧する内容ですので、
作品の時代背景は少なくとも
昭和二十年代になるはずです。
高度経済成長期を迎える以前に、
すでに滅びを迎えた町、
時代が急速に移り変わろうとしている
真っ只中で、そこに
じっと留まったままの町なのです。

当然、貝原家の人々もまた、
前に進むことができず、
悶々とした日々を送っているのです。
郁代は夫に自分以外の愛する人が
いるにちがいないと思い込み、
自ら家を出ます。
直之は、自分が妻を愛しているにも
かかわらず誤解が生じたことに
耐えかね、愛人のもとへと走ります。
安子は安子で、自らの思いに
決着をつけることができず、
同じ場所にとどまり続けるしか
ないのです。

「町のほぼ中央に大河が流れ、
それと平行して
小さ川と呼ばれる川が流れ、
その両方の間を
小さな掘割が通じて」いる町。
沢山の水の流れが町を通過し、
町を区画し、
町を取り巻いているのです。
絶えず流れて変化し、
その清さを
保ち続けている「水」に対して、
それに囲まれている「町」と「人」の、
何と淀んでいることか。
両者の陰影の鮮明さに驚かされます。
当然、「町」も「人」(貝原家の人々)も、
淀んだ末の「滅び」を迎えます。
読んで確かめていただきたいと
思います。

流れる水は清く、
淀んだ水は腐っていくのです。
私たちもまた
時間という川の流れに浮かぶ
小さな存在に過ぎません。
変化を恐れず、淀むことなく、
前を向いて進むべきなのでしょう。
「滅び」を描いた本作品を読んで、
そんなことを感じてしまいました。

〔「百年文庫069 水」〕
生物祭 伊藤整
春は馬車に乗って 横光利一
廃市 福永武彦

〔福永武彦の本〕
本作品は「廃市/飛ぶ男」に
収録されていますが、すでに絶版です。

ただし、「P+D BOOKS」
および電子書籍で復刊しています。

「P+D BOOKS」では、
以下の作品も復刊しています。

文庫本も以下のものは流通しています。

福永武彦は、現在もまだ
根強い人気を持っているのです。

(2023.6.28)

Tomasz MarciniakによるPixabayからの画像

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