やはり「うまい話にはウラがある」のです
「ぶな屋敷」(ドイル/日暮雅通訳)
(「シャーロック・ホームズの冒険」)
光文社文庫
ぶな屋敷と呼ばれる邸宅で
住み込みの家庭教師を引き受けた
若い女性・ハンターが、
ホームズを訪れる。
彼女はルーカッスル氏から
高額の年俸を提示されたが、
その雇用条件は
髪をショートにしてほしいなど、
奇妙なものであったという…。
コナン・ドイルによる
ホームズ・シリーズの
短篇56作品のうち、
12番目に発表された作品です。
9番目の作品「技師の親指」と
状況が似ていて、
「うまい話にはウラがある」
というものです。
常識はずれの高額報酬には、
当然それなりの秘密があるし、
リスクも大きいのです。
「技師の親指」のハザリー技師は、
吊り天井部屋で殺されかけた上に、
親指切断の大怪我を負ったのですが、
さて、ハンター女史の身には
どんな危険が迫ったのか?
〔主要登場人物〕
ヴィオレット・ハンター
…高額報酬の家庭教師を引き受けたが、
その仕事内容に疑念を持ち、
ホームズに相談した女性。
「わたし」(ジョン・H・ワトスン)
…語り手。医師(元軍医)。
ホームズの助手として事件に関わる。
シャーロック・ホームズ
…探偵コンサルタント。
ハンターから相談を受け、
問題の屋敷に乗り込む。
ジェフロ・ルーカッスル
…ハンターを家庭教師として
高額な報酬で雇った紳士。
ルーカッスル夫人
…無口で青白い顔をしている。
エドワード・ルーカッスル
…ルーカッスル夫妻の息子。
アリス・ルーカッスル
…ルーカッスルと先妻との間に
生まれた娘。
大きな遺産の相続権を持っている。
アメリカに渡っているらしいが…。
ファウラー
…アリスの恋人。行方のはっきりしない
アリスの身を心配している。
カルロ
…ルーカッスルが飼育している
獰猛なマスティフ犬。
トラー
…カルロの世話をしている馬屋番。
トラー夫人
…トラーの妻。ルーカッスルの使用人。
ストーパー
…女性家庭教師斡旋所経営者。
本作品の味わいどころ①
「課せられた仕事」に隠されている秘密
第一の味わいどころは、
家庭教師ハンターに課せられた
仕事の謎の数々です。
家庭教師として就く前に、
豊かな髪を短く切らなければならない、
夫妻の用意した服に着替えて、
一定時間
椅子に座っていなければならない、
その間、どうやら
窓の外を見てはいけないらしい、…。
決して無理な要求でなければ、
現代でいうセクハラ・パワハラ案件でも
ありません。
しかしそこには絶対に
秘密があるはずなのです。
ホームズに先んじて
その秘密を暴こうと、
読み手なら必ず思うはずです。
それをまずは十分に愉しみましょう。
本作品の味わいどころ②
謎に満ちた決して開けてはいけない扉
広いぶな屋敷には、
いくつもの秘密が隠されています。
ハンターにあてがわれた部屋の
家具の引き出しを開けると、
そこには切り落としたはずの
自身の毛髪と同じような他人の髪が。
さらには屋敷には
普段使用されていない棟があり、
いつも鍵がかかっている。
どう考えても何かありそうです。
あるのです。
好奇心に駆られたハンターは、
その閉め切られた棟の扉を、
開けることに成功します。
しかしそれは
「開けてはならない扉」だったのです。
本作品の味わいどころ③
未発生の事件の真相を見抜くホームズ
「青ひげ」のように、彼女はその内部を
見たわけではありません。
しかしそこに興味を持ったことが
知られてしまい、危機を迎えるのです。
ホームズはそのSOSに応え、
屋敷に乗り込みます。
面白いのは、そこまで
まったくトラブルは生じておらず、
ルーカッスルも恐喝等の
違法行為をしたわけでありません。
事件はまったく起きていないのです。
にもかかわらず、
ホームズはそこに潜む
事件の全貌を読み取り、
対処するのです。
さすがホームズ。
しかも、その手法こそ、脱法行為です。
ハンターにトラー夫人の監禁を教唆し、
その上で不法侵入、
これで何も出なかったら
ホームズ自身が逮捕されても
おかしくありません。
さて、隠れていた事件を暴き出した
ホームズですが、事件が
表面に出てこなかったせいなのか、
それとも自身も
違法行為をしたからなのか、
悪事は表沙汰にならず、
それなりに丸く収まっています。
こうした円満解決(?)もまた
ホームズ作品の面白さであり、
ストーリー・テラーのドイルの
真骨頂といったところでしょうか。
法律に縛られずに
何でもやってしまう名探偵、
それがホームズ作品の愛される理由の
一つかも知れません。
いずれにしても、やはり
「うまい話にはウラがある」のです。
現代を生きる私たちも、
それを肝に銘じて、
決して「闇バイト」などに手を
出さないようにしなくてはなりません。
(2023.6.30)
〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
注釈/解説
エッセイ「私のホームズ」小林章夫
〔関連記事:ホームズ作品〕
〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
ホームズ・シリーズは
いろいろな出版社から
新訳が登場しています。
私はこの光文社文庫版が一番好きです。
〔関連記事:海外ミステリ〕
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