味わいどころはずばり、「奇跡」の数々です。
「奇跡をおこせる男」
(H・G・ウェルズ/阿部知二訳)
(「タイム・マシン」)創元SF文庫

奇跡を信じない男・
フォザリンゲーは、酒場で
奇跡について議論しているうち、
ランプを逆さまにして
燃やし続けるという
奇跡を起こしてしまう。
次の晩、彼は
奇跡の練習をしているうち、
通りかかった警官に
怪我を負わせてしまい…。
奇跡をおこせる男・フォザリンゲーの
起こす「奇跡」は、
「奇跡」というよりも「魔法」です。
何でもできてしまうのですから。
でも、近年の
「魔法」を扱ったファンタジーなどとは
まったく異なります。
何しろSFの巨人といわれた
H・G・ウェルズの
古典的SFなのですから。
味わいどころはずばり、
「奇跡」の数々です。
〔主要登場人物〕
ジョージ・マクワーター・
フォザリンゲー
…奇跡をおこせるように
なってしまった男。議論好き。
トッディー・ビーミッシュ
…フォザリンゲーと奇跡について
議論していた男。
ウィンチ
…フォザリンゲーからステッキを
投げつけられた警官。
メーディング
…牧師。フォザリンゲーから
相談を受ける。
ミンチン夫人
…メーディング牧師の家政婦。
本作品の味わいどころ①
小心者の行うしょうもない「奇跡」
フォザリンゲーの試みる奇跡は、
しょうもないものの連続です。
マッチを所望する、
マッチに火がつくように望む、
そんなささやかな実用的「奇跡」。
寝ようと思って唱えた
「ぼくをベッドに寝かせろ」
「寝間着を着せろ」といった
横着型「奇跡」。
朝食に用意された卵二個では足らず、
新鮮でおいしいアヒルの卵を
呼び出して食すという
小市民の欲望を具現化する「奇跡」。
小心者が「奇跡」などという
大それた能力を身につけても、
所詮このようなことしか
思いつかないのかも知れません。
本作品の味わいどころ②
慈善家の押しつけがましい「奇跡」
自分の能力を持て余してしまった
フォザリンゲーは、教会の牧師
メーディングに相談するのですが、
彼はフォザリンゲーの苦悩に
寄り添うどころか、
一緒になって「奇跡」を楽しむとともに、
慈善家としてフォザリンゲーに
「奇跡」の行使を勧めていくのです。
「酔っぱらいを片はしから
正気の人間にあらため」
「アルコール飲料をすっかり水に変え」
「鉄道交通網を大いに改善し」
「沼地の水を干し」
「地区牧師のいぼをとりのぞいた」…。
確かに
善行にはちがいないのでしょうが、
押しつけがましさと自己満足の匂いが
漂っています。
「奇跡」という大きな力を行使しながら、
彼の「小ささ」ばかりが
浮き上がっているのです。
本作品の味わいどころ③
思慮不足が招いた恐ろしい「奇跡」
ところが、
小心者と慈善家が組んだ
「奇跡」の「ほどこし大作戦」は、
思慮不足により、
恐ろしい結果を招き寄せます。
彼らが時間を惜しんだために
思いついた「奇跡」は、
彼らにしてみればそれまで同様の
小さなことだったのでしょうが、
実はそれまでとは比べものに
ならないくらいの大きな「奇跡」、
つまりカタストロフィを
引き起こしてしまうのです。
詳しくはぜひ読んで確かめてください。
まあ、それでも最後は上手く収めて
「笑えない話」にしないあたりが
素敵なところです。
1898年という
世紀末に発表された本作品を、
当時の読者たちは
どのように受け止めたのでしょうか。
作者ウェルズは
この作品を気に入っていたらしく、
1936年には自ら脚本を書き上げ、
「奇跡人間」として映画化しています。
ポイントとなる点は変わらないものの、
明確な筋書きが与えられ、
ウェルズ自身の
体制批判等も盛り込まれ、素敵な
ファンタジー・コメディ・フィルムと
なっているようです。
私は見たことはないのですが、
こちらのシンプルな原作の方に、
より魅力を感じてしまいます。
昨今の、異世界に飛んでいく
「魔法物語」もいいのですが、
まずはこの古典的「魔法」物語を
味わってみませんか。
〔「タイム・マシン」収録作品〕
塀についたドア
奇跡をおこせる男
ダイヤモンド製造家
イーピヨルニスの島
水晶の卵
タイム・マシン
〔H・G・ウェルズ作品〕
以下の作品が面白そうです。
(2023.7.3)

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