「白い蛾」(安部公房)

優しさを感じさせる文体や設定は、おそらくは罠

「白い蛾」(安部公房)
(「安部公房全集001」)新潮社

「安部公房全集001」新潮社

船旅をする「私」は、
船長に「白蛾丸」という
珍しい船の名前の由来を尋ねる。
船長は「私」にその経緯を語る。
十年ほど前、
船長になりたてだった頃、
この船が気に入らず、
いつもイライラして
他の船員たちと
衝突していたのだという…。

1947年に執筆された
安部公房初期の短篇です。
安部公房にしては
珍しい作品だと感じます。
何しろわかりやすく、
異世界的な舞台でなく、
主人公は変形・変身せず、
何やら教訓的な話が含まれ、
安部の「毒」が全く感じられないのです。

登場人物は
「私」と「船長さん」の二人だけであり、
その二人のやりとりに、
「船長の語り」が挿入されるのです。
「語り」の一つめは、
若い頃の自身の傍若無人な振る舞いと、
それ故の疎外感や孤独についての独白、
そして白い蛾との邂逅についてです。
二つめとして、
船長自身が想起した
「白い蛾にまつわる童話」が続きます。
そして三つめとして、
白い蛾のその後と、
それによって変容した自身について
振り返るのです。

白い蛾との出会いによって、
自分は成長できた、めでたしめでたし。
何か永井龍男「胡桃割り」のような
雰囲気が感じられます。
しかし決して
そんな単純な話ではないのでしょう。
初期作品とはいえ、安部公房ですから。

見逃してならないのは、
「語り」に現れる一等航海手の
「何かの教訓になりそうですね。
人間の友情もこんなであって欲しいと
思います」という台詞に対し、船長は、
「私にはあの一等航海手の様に、
 それが愛や友情の手本だとしては
 受け取れなかった」

述べている点です。
そうなると「白い蛾にまつわる童話」が
鍵を握っていそうです。

船長の創作した「童話」の
要点をまとめると、
以下のようになります。
・蛾の一族は他の虫から
 蔑みの対象となっていた。
・目立つ白色で生まれた蛾は、
 一族の中では
 反感と憎悪の対象となった。
・ついに虫全体からの敵意を買い、
 小鳥に居場所を密告された。
・小鳥から命をねらわれるが、
 白い色は保護色になり得ず、
 必至で逃げ回る。
・眼についたのが白い船、その中でも
 特に白い船長室に逃げ込み、
 虎口を逃れる。

「白い蛾の童話」は船長の創作であり、
つまりは安部の語りたかったことの
中心であるはずです。
安部は何を語りたかったのか?

集団の中での異端者
(この場合は白い蛾)は、迫害され、
排斥されるということでしょうか。
「集団による異端者の排除」は、
安部作品の多くで見られるテーマです。
そしてそれによる「故郷の喪失」は、
安部の処女作と言われている
(本作品のあとに執筆されているが)
「終りし道の標べに」(真善美社版)の
重要な主題となっています。
これらはまさに
安部の文学的特徴の一つです。

そしてそれが
「童話」という「寓話」の中で
語られているのも
安部らしいところです。
現実に存在してる社会の矛盾や
人間の汚れた部分について、
直接的に抉り取るのではなく、
一読してもそれとは気づかれないような
別世界(異世界)の出来事に仮託して
描ききる、安部特有の文学的手法です。

もう一つ注目すべきは、
その「童話」に付け加えて、
船長が語った「私の性格もすっかり
変わった様に思うのです」の一言です。
これはその後の安部作品に
顕著に見られる「変形・変身」の
萌芽と考えることができます。
もっとも後の作品の場合、
「変形・変身」したことにより
社会からはじかれる主人公の運命が
描かれていくのですが、
こちらは「変形・変身」して、
集団に馴染んでいくことが出来たという
筋書きです。

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こうして見てみると、
決して「成長物語」「感動物語」などでは
ないのです。
主人公や船長の穏やかな語り口、
「童話」の挿入、
船長の(世間一般から見ての)
正しい方向への変容、
そうした本作品の、
優しさを感じさせる文体や設定は、
おそらくは読み手のミスリードを誘う
安部の罠なのかも知れません。

安部作品は、初期の短篇でさえ、
緊張感を持って読まなければ、
その深奥に迫ることができないのです。
やはり安部公房、恐るべしです。

〔本作品の収録〕
本作品は執筆当時、
雑誌掲載等はされませんでした。
1970年代の
「安部公房全作品」(全15巻)にも
収録されず、1997年、
本書「安部公房全集001」で
初めて発表されたものです。
その後、2013年になって、
全集から抜粋された
「(霊媒の話より)題未定:
安部公房初期短編集」
が編まれ、
それにも収録されています。

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その本の文庫化を待っていたのですが、
いっこうに文庫化する気配がなく、
全集を購入した次第です。

〔「安部公房全集001」収録作品〕
問題下降に依る肯定の批判
題未定(霊媒の話より)
秋でした
中埜肇宛書簡 1
中埜肇宛書簡 2
中埜肇宛書簡 3
或る星の降る夜
旅よ
中埜肇宛書簡 4
旅出
阿部六郎宛書簡
神話
僕は今こうやって
いてつける星
中埜肇宛書簡 5
君が窓辺に
もだえ
夜の通路
ひとり語
中埜肇宛間簡 6
ユァキントゥス
詩と詩人(意識と無意識)
嵐の後
歎き
静かに
暁は白銀色に
中埜肇宛書簡 7
観る男
そら又秋だ
誠に愛を
僕のふれたのは
友来てぞ
没落の書
老村長の死(オカチ村物語1)
没我の地平
中埜肇宛書簡 8
第一の手紙〜第四の手紙
様々な光を巡って

化石
厚いガラスや
白い蛾
無名詩集
中埜肇宛書簡 9
中埜肇宛書簡 10
終りし道の標べに
四章・書出しに
牧草
中埜肇宛書簡 11
中埜肇宛書簡 12
悪魔ドゥベモオ
憎悪
異端者の告発
タブー
生の言葉
Memorandum1948
名もなき夜のために

他の作品についても、
近々取り上げていくつもりです。

(2023.7.13)

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