名探偵は、どこにでもいるおばあちゃん
「牧師館の殺人」
(クリスティ/羽田詩津子訳)
ハヤカワ文庫
村中から嫌われている老大佐が、
牧師館の中で殺害された。
ゴシップ好きの多い田舎村・
セント・メアリ・ミードは
騒然となる。
まもなく若い画家が自首し、
事件は解決に思われたが、
続いて被害者の妻も
罪を打ち明ける。
真実は一体…。
ポアロと人気を二分する
アガサ・クリスティの創り上げた
名探偵ミス・マープル。
そのデビュー作が
この「牧師館の殺人」なのです。
ポアロとは全く異なった探偵像の
ミス・マープル。
絡み合う謎を
一つ一つ解きほぐしていきます。
〔主要登場人物〕
「わたし」(レオナルド・クレメント)
…語り手。牧師。殺人はこの
「わたし」の牧師館の書斎で起きる。
グリゼルダ
…レオナルドの妻。
レオナルドとは年が離れている。
家事能力なし。美人。
デニス
…レオナルドの甥。探偵小説好き。
メアリ
…牧師館のメイド。気性が荒い。
家事は下手。
ホーズ
…副牧師。体調が優れない。
ヘイドック
…医師。事件の検視を行った。
ルシアス・ブロザロー
…治安判事。退役軍人。
容赦のない性格で、
皆から嫌われている。
牧師館で殺害される。
レティス
…ルシアスの娘。快活で奔放な性格。
アン
…ルシアスの妻。
後妻であり、レティスの継母。
ローレンス・レディング
…画家。若く美貌に溢れる。
レティスをモデルに絵を描いているが
アンに恋慕している。
ストーン博士
…老考古学者。
グラティス・クラム
…ストーンの女性秘書。
エステル・レストレンジ
…村に移り住んできた謎の女性。
アーチャー
…ならず者。
密猟でブロザローに摘発された。
ハースト…巡査。
スラック…警部。勤勉だが横柄な性格。
メルチェット大佐…警察本部長。
ミス・マープル
…老婦人。村の一番の情報通。
探偵役となる。
レイモンド・ウエスト
…ミス・マープルの甥。作家。
マーサ・プライス・リドリー
キャロライン・ウェザビー
アマンダ・ハートネル
…ミス・マープルの友人。
本作品の味わいどころ①
イギリスの片田舎という舞台
舞台はイギリスの片田舎の
セント・メアリ・ミード村。
何かあるとすく噂が広がるような、
お互いがお互いを監視している感のある
土地柄なのです。
特にマープルをはじめとする
「おばあちゃん」たちの
ゴシップ好きなこと。
設定としては横溝正史の
「八つ墓村」のような状況なのです。
それでいて横溝のような
おどろおどろしさがないのは、
イギリス流ののどかな田園風景という
ことなのでしょう。
こののどかな舞台設定が、
第一の味わいどころとなっています。
本作品の味わいどころ②
単純な事件、でも謎が複雑に絡み合う
そんな狭い村で
殺人事件が起きようものなら、
すぐに情報が集まり、
悪事が露見しそうなものです。
本作品に描かれている事件も、
たった一つの殺人事件です。
次から次へと
殺人が起こるわけでもなく、
死体に意味不明の
飾り立てが行われているわけでもなく、
村に伝わる伝説を擬えて
殺人が起きたわけでもなく、
きわめて単純な殺人事件です。
しかし事件解決まで430頁超。
なぜなら、
「謎」が次から次へと現れてきて、
それらがもつれ合い、絡み合い、
真実が見えなくなっているからです。
殺害されたブロザロー大佐の
書き残した手紙の意味は?
停止した時計は
殺人時刻を表しているのか?
その時計が
15分進んでいることによって変化した
アリバイをどう解釈するのか?
牧師館の公金横領疑惑は真実か?
そしてそれは殺人と関わっているのか?
銃声が館内ではなく
森の方から聞こえてきたのは何故か?
レオナルドを牧師館から誘い出した
電話の主は誰か?
犯行現場への侵入経路はどれなのか?
牧師館から出てきた
画家レディングの狼狽ぶりの謎は?
ストーン博士の助手の
怪しい行動の意味するものは?
そして彼女が隠したトランクには何が?
現場に落ちていたアクセサリーは
何を意味する?等々、
次から次へと提示される疑惑の意味を
考えることこそ、本作品の
第二の味わいとなっているのです。
本作品の味わいどころ③
名探偵ぽさのない名探偵
ミス・マープルの魅力
その謎を解くのが
もちろんミス・マープル。
しかし彼女は他の多くの探偵とは
ひと味もふた味も違います。
ポアロのような完璧主義ではなく、
ホームズのような自信家でもなく、
明智小五郎のように活動的でもなく、
金田一耕助のように貧相でもなく、
どこにでもいる
おばあちゃんなのですから驚きです。
しかし、
田舎のおばあちゃんだからこその
情報通であり、
田舎のおばあちゃんだからこその
ほどよいお節介焼きであり、
田舎のおばあちゃんだからこその
控えめの行動であり、
田舎のおばあちゃんだからこその
鋭い観察眼であり、
田舎のおばあちゃんだからこその
的確な判断力なのです。
本作品ではクレメント牧師の視点の
一人称で語られるため、なお一層、
ミス・マープルは目立ちません。
それがなんともいえない
魅力を放っているのです。
他の誰とも違う
ミス・マープルの探偵像こそ、
本作品の第三の味わいどころなのです。
ポアロ・シリーズも面白いのですが、
ミス・マープル・シリーズも
味わい深いのです。クリスティを、
存分に味わい尽くしましょう。
(2023.7.28)
〔関連記事:クリスティ作品〕
〔ミス・マープル・シリーズはいかが〕
【今日のさらにお薦め3作品】
【こんな本はいかがですか】