「赤まんま忌」(洲之内徹)

「親の心」が痛いほど伝わってくる

「赤まんま忌」(洲之内徹)
(「百年文庫097 惜」)ポプラ社

「百年文庫097 惜」ポプラ社

私の三男が京都で、
交通事故で死んだ。
大という名前で、
十九歳であった。
事故とはいっても、
オートバイに乗って走っていて、
道の曲り角で道路からとび出し、
立木に衝突して、
頭を打って死んだのだった。
事故を起こしたのは…。

百年文庫第97巻「惜」に
収められている一篇です。
「惜」とは惜別。
大切な人を失う「惜別」に
テーマをあてた
アンソロジーなのですが、
三篇目の本作品は最も重く、
かつ最も心に突き刺さってくる
作品となっています。

作者・洲之内徹
小説家であるとともに、画廊を経営、
美術評論家そして
美術エッセイストとして
活躍した人物です。
芸術新潮紙に連載した
私小説的美術批評「気まぐれ美術館」が
有名であり、当時、
最も優れた美術評論家の一人でした。
その「気まぐれ美術館」に先立って
刊行されたのが
作品集「絵の中の散歩」であり、
その冒頭の第一篇が
本作品「赤まんま忌」なのです。

私小説なのかエッセイなのか、
作品からだけではよく分かりませんが、
「私小説的美術批評」だとすると、
本作品の肝は、
最終に現れる千家元麿の絵の
一節ということなのでしょう。
その絵の前景の草叢の中に
咲き溢れている赤まんまが、
事故死した次男を弔った時期に
咲き誇っていたそれを
連想させたことから
綴られた一節と考えられます。

「絵の中の散歩」の一篇として読めば、
そうした「美術批評」の方に
目が行ってしまうのではないかと
思われますが、
本書の中で読み通せば、
自らが体験したつらい思い出を
切々と書き記した
「私小説」の側面を強く感じさせます。
それも創作的な飾り立てを一切排し、
さらには随筆的な感想や心証を
極力そぎ落とした、
乾いた言葉で事実を積み上げたような
文章が続いていくのです。

長男の入院に付き添っていた妻に、
事故の連絡を伝えそびれたこと、
三男がオートバイに憧れ、
次男のそれを無免許で乗っていたこと、
三男がどこへ向かって走っていたのか
見当がつかないこと、
警察の事故の調書が
現場の事実と食い違っていること、
警察からの解剖の要請を
承諾してしまったこと、
病院の会計が予想外に安く、
それが三男の生命の決算書のように
思えたこと、…。
そうした諸々のことを
時系列で淡々と書き進めた本作品は、
「子どもの死」という、
誰しもが受け入れがたいものを、
戸惑いながら、迷いながら、
もがきながら、
何とか飲み込もうとあがいている
作者の姿が、
その背景に見えるかのようです。

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「親の死」は、
いつかは訪れるものとして
覚悟しながら受け入れる準備を、
人はするのでしょう。
しかし「子どもの死」は、
決してそのようにはいかないのです。
「子どもの死」に直面することなく、
自身の寿命を
全うすることができるなら、
それが一番幸せなのでしょう。
しかし不幸にして
「子どもの死」に
向かい合わねばならないとき、
多くは何も準備のできないまま、
その現実と対峙するしかないのです。
本作品からは、そうした「親の心」が
痛いほど伝わってきます。

筋書きを創作したわけでなく、
事実を忠実に記しただけなのに、
これだけ読み手の心に響いてくる
文章を書くことができる。
洲之内徹、恐るべき作家です。

〔洲之内徹の本〕
やはり多くが絶版となっています。
新潮文庫から出ている3冊が、
古書で比較的
容易に入手できるようです。
「絵の中の散歩」
「気まぐれ美術館」
「帰りたい風景」

〔「百年文庫097 惜」〕
枯れ木のある風景 宇野浩二
ラ氏の笛 松永延造
赤まんま忌 洲之内徹

(2023.8.8)

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