
もしかして「かぐや姫」!?姫の結婚の行方は?
「月世界の女」(高木彬光)
(「わが一高時代の犯罪」)角川文庫
「月世界の女」(高木彬光)
(「新青年傑作選集1」)角川文庫
「わたくしね、
月の世界で生まれましたのよ。
下界にこうして
住んでおりましたが、
まもなくもとの生まれ故郷に
帰らなければなりませんの…」。
「私」が一目惚れした美しい女性は
こう言って姿を消してしまう。
彼女はいったいどこへ…。
中高生、そして大学生の頃、
江戸川乱歩と横溝正史については
その作品のほとんどを読みましたが、
この高木彬光は
「検事霧島三郎」を読んだだけで
深入りしていませんでした。
しかし、乱歩の明智小五郎、
横溝の金田一耕助とともに
「日本三大名探偵」と呼ばれる神津恭介を
無視し続けるわけにはいかないと思い、
古書を購入した次第です。
〔主要登場人物〕
「私」(松下研三)
…語り手。探偵作家。
中禅寺湖のホテルのロビーで
「月世界の女」と出会う。
探偵神津恭介は親友。
竹内月子
…元子爵竹内家の令嬢。美しい女性。
月に帰らなければならないと言って
姿を消す。
白鳥久子
…月子の友人。
いつも月子と一緒にいる。
器量はあまり良くない。気性が荒い。
石上晴彦
…「私」の友人。「私」に月子を紹介する。
大倉三郎
…若くして大会社の重役。
月子に結婚を申し込む。
大友竜男
…元伯爵家の長男。端正な美男子。
格式を重んじる。
月子に結婚を申し込む。
阿部毅一郎
…判事。
司法界で将来を嘱望されている青年。
神津恭介…探偵。
本作品の味わいどころ①
女が消えた!?
でも犯罪の存在しないミステリ
明智小五郎や金田一耕助の「事件」は
ほぼすべてが犯罪捜査です。
この神津恭介はどんな犯罪を暴くのかと
思って読み進めると、
なんと犯罪は存在しません。
強いて言うなら
「密室人間消失事件」でしょうか。
隠れ場所などないところから
月子はその言葉通りに
姿を消してしまうのです。
実は本作品を最初に読んだのは、
「新青年傑作選集1」の方です。
予備知識もないまま読んだため、
ミステリではなくSFかと
思ったくらいです。
ミステリというよりも
ミステリアスなその雰囲気を、
まずはしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
もしかして「かぐや姫」!?
姫の結婚の行方は?
ミステリとしての味わい以上に、
この現代版「かぐや姫」のような月子の
面白さ(魅力)に引きつけられます。
竹内月子という名前からして
作者・高木の遊び心が感じられます。
しかもその美貌と
元子爵家・財産家という立場から、
多くの男を引きつけてしまうのです。
まさに現代の「かぐや姫」。
だとすれば、
その結婚の行方はどうなるのか。
竹取物語のように、
すべての求婚者がはねのけられるのか、
あるいは姫を射止める男性が
四人(大倉・大友・阿部・「私」)の中から
現れるのか。
月子の行方とともにその「結婚」の行方を
十分に味わいましょう。
ただし、
平安の世の竹取物語・かぐや姫は、
その美貌だけで
男性を引きつけたのですが、
この月子の場合は「美貌」だけでなく
「家柄」「財産」が一緒になって
ようやく男を引きつけているのです。
本作品は昭和24年発表なのですが、
戦後間もなくのこの時期は、
「美貌」よりも「家柄」や「財産」が
まだまだ大事に考えられていた
時代だったのです(もしかしたら今でも
資産家階級の人間は
そうなのかも知れないのですが)。
本作品の味わいどころ③
男女交際あるある!?
男の目はいたって節穴!
その月子消失事件ですが、
終盤、神津恭介が登場し、
瞬時に解決します。
現場に居合わせず、状況を
「私」から電話で聞いただけなのに、
すでに解決!お見事です。
そのお手並みは…、
ネタバレを酒ながら説明すると、
「男女交際あるある!?
男の目はいたって節穴!」とだけ
書いておきましょう。
学生時代、素敵な女の子の横には、
いつも決まって
「あまり素敵でない友人(女の子)」が
セットでいたものです。
一緒に話をしても、無意識のうちに
「素敵な女の子」の方ばかりと話をして、
「あまり素敵でない友人」に
ムッとされることが度々ありました。
どうしようもない男の性なのです。
事件を見えなくしていた
「男女交際あるある」を、
昔を思い出しながら味わってください。
さて、名探偵神津恭介ですが、
資料を調べてみると、
本職は東京大学医学部助教授、
美男子、
英・独・仏・露・ギリシア・ラテンの
6カ国語に通じたマルチリンガル、
学生時代に発表した論文により
「神津の前に神津なく、
神津の後に神津なし」と評された天才、
ピアノの腕前もプロ級、
とまあ、スーパースター探偵なのでした
(どちらかと言えば明智型であり、
金田一とは対極に位置している)。
あまりのスーパースターぶりが、
「三大」と言われながらも
明智・金田一に大きく水をあけられている
原因なのかも知れません。
ともあれ、これから少しずつ
作品を読んでいきたいと思います。
(2023.9.8)
〔「わが一高時代の犯罪」〕
わが一高時代の犯罪
幽霊の顔
月世界の女
性痴
鼠の贄
〔「新青年傑作選集1」〕
永遠の女囚 木々高太郎
家常茶飯 佐藤春夫
変化する陳述 石浜金作
月世界の女 高木彬光
彼が殺したか 浜尾四郎
印度林檎 角田喜久雄
蔵の中 横溝正史
烙印 大下宇陀児
〔「月世界の女」収録の文庫本〕
当記事で紹介したとおり、
上記2冊に収録されていますが、
どちらも絶版となっています。
2013年に光文社文庫から
「神津恭介傑作セレクション1」が
出版され、本作品が収録されましたが、
こちらもすでに流通していません。
電子書籍で読むことが可能です。
〔高木彬光の文庫本について〕
かつて書店の本棚の
角川文庫のコーナーには、
「横溝ブラック」「森村ネイビー」とともに
高木彬光の、
灰色がかった黄土色とでもいえば
いいのか何とも地味な色合いの背表紙の
文庫本が並んでいたことを
思い出します。
現在、角川文庫はすべて絶版です。
光文社文庫から数点出ています。

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