強いて言うなら「Spa Detective」でしょうか
「偽悪病患者」(大下宇陀児)
(「偽悪病患者」)創元推理文庫

「偽悪病患者」(大下宇陀児)
(「新青年傑作選集3」)角川文庫

××日附、
佐治さんを接近させては
いけないという御手紙、
本日拝見致しました。
いつも通り、
いろんなことに気を配って下さる
お兄様だけれど、喬子、
今度の手紙だけはよく判んない。
佐治さんは、喬子が
接近したのでもないし、…。
病床に伏している夫と、
それを介護する妻。
二人だけの家庭に
美男子青年が出入りする。
何か良からぬことが
起こるのではないか、という
「兄」の不安は的中し、ある夜、
夫は何者かに射殺されるのです。
事件とその顛末は、
「兄」と妹・喬子との手紙のやりとりで
すべて記されていきます。
いわゆる「書簡体ミステリ」なのです。
味わいどころは、
佐治・喬子・「兄」の、主要人物三人です。
〔主要登場人物〕
漆戸
…結核で病床に伏していた。
何者かに射殺される。
喬子
…漆戸の妻。
兄と書簡のやりとりをする。
「兄」
…喬子の兄。漆戸・佐治は友人。
リウマチのため長期温泉療養中。
妹との書簡のやりとりの中で、
漆戸殺しの真相を究明する。
佐治佐助
…「兄」言うところの「偽悪病患者」。
漆戸夫妻の家に
出入りするようになる。
最賀
…漆戸の後輩かつ事業のパートナー。
本作品の味わいどころ①
ミステリアスな「偽悪病患者」・佐治
偽悪病患者とは、
「兄」が旧友・佐治を評してつけた
病名です。簡単に言えば、
悪人ぶる癖の強い男という
ところでしょうか。
「僕は、前人未踏の境地に分け入って、
悪の最高峰を極めようというのだ。
大きな悪事をする前に、
小っぽけな悪事で、
警察へ連れて行かれるなんてのは
甚だ不名誉だ。
だから僕は、
目下出来るだけ謹慎して、
時期の到来を待っているのさ」。
学生時代、彼のこの台詞もあって、
「兄」は佐治に
警戒心を抱いているのです。
このミステリアスな
「偽悪病患者」・佐治の存在を、
まずはしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
佐治と事件に翻弄される若妻・喬子
「兄」の心配は的中します。
喬子は佐治に心を惹かれ、その中で、
夫・漆戸が殺害される事件が
起こるのです。
美男子・佐治に心と感情を揺さぶられ、
さらに事件に翻弄される、
ヒロイン的存在・喬子の姿こそ、
次にじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
温泉にいながら捜査する探偵・「兄」
しかし最も大きな存在感を
示しているのが「兄」です。
まだ若いのにリウマチに罹り、
歩行困難。
温泉にて療養かつリハビリを
行っているのです。それなのに
妹からの手紙に書かれた事柄だけで
謎を解き明かし、
事件を解決してしまうのです。
その手法も見事ですが、
暴かれた真相そのものは
さらに衝撃的です。
その「真相」こそ本作品の肝であり、
ここで書き上げるわけにはいきません。
ぜひ読んで確かめて下さい。
多くの探偵は、
現場に出向いて事件の謎を
解き明かします。
しかし一部には、
現場に出向くことなく
離れた場所から情報収集を行い、
事件を解決してしまう
探偵もいるのです。いわゆる
Armchair Detective
(安楽椅子探偵)です。
中には寝たきりのままの
Bed Detectiveなるものも存在します。
しかしここに登場している「兄」は、
和室で療養中ですので、
ArmchairもBedも
使っていないはずです。
強いて言うなら
Spa Detectiveでしょうか。
この完成度の高い作品が、
今から80年以上前の
昭和11年(1936年)に
書かれていたのですから驚きです。
さすがは江戸川乱歩・甲賀三郎と
肩を並べる大下宇陀児です。
今読んでもその衝撃の大きさは
いささかも失われてはいません。
ぜひご一読下さい。
〔青空文庫〕
「偽悪病患者」(大下宇陀児)
〔創元推理文庫「偽悪病患者」〕
偽悪病患者
毒
金色の獏
死の倒影
情獄
決闘介添人
紅座の庖厨
魔法街
灰人
探偵小説の型を破れ
探偵小説不自然論
〔「新青年傑作選集3」〕
振動魔 海野十三
カナカナ姫 水谷隼
監獄部屋 羽志主水
完全犯罪 小栗虫太郎
偽悪病患者 大下宇陀児
赤いペンキを買った女 葛山二朗
地図にない街 橋本五郎
二川家殺人事件 甲賀三郎
〔関連記事:大下宇陀児の作品〕
〔大下宇陀児の本はいかがですか〕
作品の多くが絶版状態でしたが、
幸いなことに復刊が相次いでいます。
2012年には論創ミステリ叢書から
「大下宇陀児探偵小説選」が
全2巻で刊行されました。
続いて2017年には光文社文庫から
「大下宇陀児 楠田匡介
ミステリー・レガシー」が、
そして河出文庫からは
「見たのは誰だ」が、出版されています。
そして昨年2022年には
創元推理文庫から、作品集「烙印」が、
本書「偽悪病患者」とともに
復刊しています。
さらには電子書籍を探すと、
以下のような作品を
見つけることができます。
「おれは不服だ」
「子供は悪魔だ」
「大下宇陀児全集第1巻:阿片夫人」
「大下宇陀児全集第2巻:決闘街」
「ニッポン遺跡:大下宇陀児SF傑作選」
「金色藻」
「石の下の記録」
なぜか青空文庫には
ほとんど登場していないため、
こうした復刊は嬉しい限りです。
みなさん、
大下宇陀児を味わいましょう。
(2023.9.22)

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