「犬神家の一族」(横溝正史)

味わえ!横溝正史の仕掛けの細やかさ

「犬神家の一族」(横溝正史)角川文庫

彼女はきっと
はじめからそのつもりで、
佐清を罠におとしたに
ちがいない。
彼女ははじめから
時計のどこかに、
佐清の指紋を
とるつもりだったに
ちがいないのだ。
珠世がいかに賢であり、
いかに狡猾な女性であるかと
いうことである…。

何度読んでも深い味わいがあります。
横溝正史の傑作長編
「犬神家の一族」です。
3年半ぶりに
何度目かの読了を果たしました。
読む度に日本の「推理小説」を代表する
傑作であると改めて感じます。
以前の再読の際、
味わいどころ3点について
記したのですが、
別の観点から本作品の魅力について
述べたいと思います。
横溝正史の
仕掛けの細やかさについてです。

【事件簿File-015「犬神家の一族」】
〔事件発生〕
昭和24年10月~12月(長野県・那須)
〔依頼人〕
若林豊一郎
…古館法律事務所弁護士。
 金田一との会見の直前、
 何者かに毒殺される。
古館恭三
…古館法律事務所長。
 犬神家顧問弁護士。
 佐兵衛の遺言状を預かる。
 若林死後、金田一に協力を要請。
〔捜査関係者〕
橘署長
…那須警察署長。恰幅のいい人物。
藤崎鑑識課員
…那須署所員。指紋鑑定の権威。
 佐清の手形と奉納手型を照合。
沢井・川田・西本・吉井刑事
…那須署刑事。
楠田医師
…町の医者。警察の嘱託を兼務。
〔事件関係者〕
犬神佐兵衛
…犬神財閥創始者。
 奇妙な遺言状を遺して死亡。
犬神松子
…佐兵衛の長女。夫とは死別。
 那須の本邸に住む。
犬神佐清
…松子の一人息子。29歳。
 戦争で顔に重傷を負い、
 仮面姿で現れる。
犬神竹子
…佐兵衛の次女。
 東京で暮らしているが、
 佐兵衛命日は一家で本邸へ。
犬神寅之助
…竹子の夫。犬神製糸東京支店支配人。
犬神佐武
…竹子の長男。28歳。
犬神小夜子
…佐武の妹。22歳。
 従兄の佐智と関係、身ごもっていた。
犬神梅子
…佐兵衛の三女。
 神戸で暮らしているが、
 佐兵衛命日は一家で本邸へ。
犬神幸吉
…梅子の夫。犬神製糸神戸支店支配人。
犬神佐智
…梅子の息子。27歳。
野々宮大弐
…那須神社神官。
 行き倒れていた若き佐兵衛を拾い、
 育て上げる。故人。
野々宮晴世
…大弐の妻。故人。
野々宮祝子
…大弐・晴世の娘。養子に迎えた夫と
 娘・珠世をもうける。故人。
野々宮珠世
…祝子の娘。絶世の美女。
 犬神家の財産相続の鍵を握る。26歳。
猿蔵
…犬神家の庭師。元野々宮家の使用人。
 珠世を忠実に護衛する。
青沼菊乃
…佐兵衛が寵愛した女性。
 佐兵衛との間に一子をもうける。
 三姉妹から凄惨な私刑を受け、失踪。
青沼静馬
…佐兵衛と菊乃の間に生まれた息子。
 消息不明。
大山泰輔
…那須神社神主。
 佐兵衛の過去を調べ、
 意外な事実を暴露する。
志摩久平
…下那須で旅籠屋・柏屋を経営。
 軍隊服の男が宿泊したことを証言。
宮川香琴
…松子の琴の師匠。目が不自由。
軍隊服の男
…正体不明。青沼静馬か?

本作品の味わいどころ①
読み手に仕掛けられた縦横無尽の罠

再読して思うのは、
横溝が仕掛けた罠の多さです。
主人公的存在の野々宮珠世は、
決して悲劇のヒロインではなく、
容疑者の一人として
仕掛けられています。
金田一接触前に起きた三件の事故は
いずれも大事には至らず、
殺害を目論む人間がいるのか、
あるいは珠世自身の演出か、容易に
判断できないようにしてあります。
以後も、殺人現場に
珠世のブローチが落ちていたり、
佐清を罠にはめた形で
指紋照合を行わせようとしたり、
彼女のしたたかな一面が強調され、
清純な乙女なのか、
それとも食わせ物なのか、
巧妙に読み手の
ミスリードを誘っています。

珠世だけではありません。
猿蔵には正体が青沼静馬である
可能性を持たせ、
珠世のためなら殺人もいとわないような
雰囲気を醸し出し、
純朴な下僕なのか、
それとも冷徹な殺人マシーンなのか、
読み手を惑わせます。
途中から姿を現した「軍隊服の男」は、
犬神家内部の犯行であると先読みした
読み手の鼻先を見事にくじきます。
このように、
横溝は読み手を幻惑させるための罠を、
幾重にも張り巡らせ、
読み手の挑戦を
ことごとく退けているのです。

本作品の味わいどころ②
十分に役割を与えられた怪しい面々

それだけではなく、その他の
登場人物すべてに役割を担わせ、
筋書きを複雑かつ
深いものにしているのです。
松子・竹子・梅子には
怨念根深い女としての役割を与え、
それを筋書きの
おどろおどろしさにつなげています。
文庫本の表紙の、
能面のような着物の喪服の女性
(おそらく松子)は、
その雰囲気を一層醸し出しています。
殺害される佐武には
無骨者の性格を付し、
もう一人の佐智には
狡猾者の印象を与え、
タイプの異なる悪役感を
演出しています。
青沼菊乃・静馬の母子の存在も、
佐兵衛とその娘三人との確執の
強力な理由付けとなっています。
小夜子の存在も
結末において意味をなしてきます。
琴の師匠・宮川香琴の存在も、
結末であっと言わせる
存在感を発揮します。
まったく役割のないように見える
竹子・梅子の夫たちも、
ひとり身の松子を浮かび上がらせるのに
一役買っています。
登場人物が多いのですが、
無駄な存在は一人もいません。
横溝はねりに練って必要十分な人物を
周到に配置しているのです。

本作品の味わいどころ③
陰惨な物語を感動で締めくくる秘術

犬神家に関わって
四人もの人間が殺害され、
真犯人は自殺、逮捕者一名を
出しながら、その結末は
すがすがしささせ感じさせます。
これが横溝の真骨頂なのです。
おどろおどろしく陰惨な雰囲気で
開始した物語を、
最後は人情を織り交ぜ、
希望を持たせて幕を閉じるのです。
金田一の謎解きの過程で
泣き崩れる珠世、
そして家宝の斧・琴・菊を授与され、
それを意中の相手に受け渡す
珠世の姿は、
何度読んでも涙腺が刺激されます。
横溝の人情を織り交ぜた筋書きは、
もはや「秘術」といってもいい
レベルなのです。


名作は、読む度に新たな発見があり、
新たな味わいを
感じさせるものなのです。
それは純文学でも探偵小説でも
まったくおなじです。
トリックが判明しても、
犯人が特定できても、
なおかつ再読したいと
読み手に思わせるのが、
本当の名作です。
湖面から突き出した
両脚のシーンだけが
映像として印象的なのですが、
本作品の味わいどころは
そこではありません。
「犬神家の一族」に張りめぐらされた
横溝正史の仕掛けの細やかさを、
存分に味わいましょう。

(2023.9.29)

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