「百年文庫083 村」

「村」の、どちらかといえば「悪い」側面

「百年文庫083 村」ポプラ社

「百年文庫083 村」ポプラ社

「電報 黒島伝治」
いくら働いても貧困から
抜け出せない百姓・源作は、
息子にはこのような暮らしは
させたくないと思い、息子を
中学校へ通わせようと考える。
しかし息子の受験は
瞬く間に村の噂となり、
源作は周囲から冷たい言葉を
浴びせかけられる…。

百年文庫の第83巻、テーマは「村」です。
自然が豊かでのどかな雰囲気が
魅力でありながら、
そこに暮らす人々の息が詰まるような
濃密な関係。
そんな「村」の、どちらかといえば
「悪い」側面を描いた作品群です。

「豚群 黒島伝治」
小作争議が紛糾し、
小作料不払いの百姓に対して、
地主は飼育している
豚の差し押さえに出る。
対抗策として小作たちは、
豚を小屋から放ち、
誰の所有かわからぬように
することを決行する。
ところが裏切って
加担しない者達も現れ…。

本書には、プロレタリア文学の旗手・
黒島伝治の二作品が収録されています。
「電報」と「豚群」、
前者は「村」に起こりがちな、
他人に対する妬みや
弱者の台頭を許さぬ悪癖が、
見事に表されています。
「県立中学に合格したという
 通知が来たが、
 入学させなかった。
 息子は、今、
 醤油屋の小僧にやられている。」

結末の二行が、何とも
やるせない気持ちにさせられます。

一方の「豚群」は、小作農の反乱と、
その小気味よい勝利が描かれています。
貧困や詐取、支配や締め付けに抗い、
たくましく生きていこうとする
小作農のしなり強さ、しぶとさが
印象的です。

この二篇には、
「村」における明暗二つの面が
はっきり対比されています。
それとともに、村社会における人々の、
暗黙の身分や階層によって、
差別や詐取が行われている実態が
生々しく描出されています。
黒島伝治の鋭い観察眼と描写力が
感じられる二作品です。

「馬糞石 葛西善蔵」
馬糞石はお宝だった!?
先日死んだ馬の腸内から
取り出された結石・馬糞石が、
高額で取引されていることを、
ゴホンケの老人から
聞き及んだ三造は驚く。
強欲な三造は、
それを持ち帰った
親類の獣医から、何とかそれを
取り戻そうと…。

次の葛西善蔵の「馬糞石」は、
騙されやすい主人公・三造を
コミカルに描きながらも、
閉鎖的で情報の少ない「村」の特質が
見事に炙り出されています。
たった一頭きりの飼い馬を、
病で死なせてしまったのは
仕方ないとして、
その原因となった結石(馬糞石)が
お宝であるという
「ゴホンケの老人」の話を
真に受けてしまうのですから、
三造は確かに
騙されやすい人間なのです。
この三造の姿こそ、
本作品の味わいどころとなっています。

この三造を見てみると、
単純で担がれやすく、
しかも強欲を隠すことなく表面に出し、
空想に溺れて現実を見ない、
何とも困った性格であり、
とても成功する人間には思えません。
しかしながら、彼の強みは
「めげない」ところなのでしょう。
騙されてばかりの失敗の連続する
人生なのでしょうが、
「生きる力」「たくましさ」だけは
豊富であるような気がします。
騙されやすいながらも、
それでめげずに
たくましく生きている点こそ、
「村」の人間の強さともいえます。

「泥芝居 杉浦明平」
太郎さが死んで間もなく、
息子の次郎さの名前が
耳に入ってくるようになった。
次郎さが漁業協同組合の
理事になったげな。
土地改良組合の理事にも
次郎さがなったげな。
今度の統一地方選挙には
次郎さが町会議員に
立候補するげな。…。

地方自治体、
それもせまい「村」の中にも
当然のように存在する「汚職」。
最後の杉浦明平の「泥芝居」は、
そんな「村」の、汚職によって
逞しく身を肥やしてきた人間・次郎が
描かれています。

汚職やそれをつくりだす権力構造は、
国も「村」も同じだということか、
あるいは日本という国自体が、
一つの大きな「村」にすぎないのか、
いろいろなことを考えさせられます。
許されざる「汚職」ですが、
作者・杉浦明平の姿勢は、
暗部を描き出したと言うよりは、
コメディ・タッチで表現して、
私たちの目の前に提示したという
感じでしょうか。

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良くもあれば悪しくもある「村」、
島国であるとともに、古来より
人の移動が制限されてきた日本では、
「村」という単位の中の人間関係が、
歪に作用してきたことは否めません。
そこから何を学んで、
なくすべきは何か、
受け継ぐべきは何か、
現代を生きる私たちは
考える必要がありそうです。

〔黒島伝治の本について〕
黒島伝治の本は、しばらくの間
すべて絶版となっていました。
ところが2013年になってようやく
単行本「瀬戸内海のスケッチ」が
出版されました。

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続いて2017年には
講談社文芸文庫から「橇/豚群」が、
そして2021年には
岩波文庫から「黒島伝治作品集」が
出版されています。
再評価が進むことを願っています。

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〔葛西善蔵の本について〕
紙媒体で流通しているのは、
講談社文芸文庫の
「哀しき父 椎の若葉」しかなさそうです。

電子書籍も講談社文芸文庫の
1冊だけのようです。

青空文庫からは
いくつか出ていますので、
そちらで読める分を読むのが賢明です。

〔杉浦明平の作品〕
短編集「泥芝居」は、
現在流通していません。
単行本もしくは文庫本を
古書で探すしかない状況です。
「泥芝居」(単行本)
「泥芝居」(文庫本)

「泥芝居」同様に
絶版となっているものが多いのですが、
電子書籍として復刊されているものが
いくつかあります。

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小説以外のものは、
紙媒体で流通しているものがあります。
「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記」
「農の情景: 菊とメロンの岬から」

〔百年文庫はいかがですか〕

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