私たちには政権を監視する義務がある
「太平洋戦争 日本の敗因6」
(NHK取材班)角川ソフィア文庫

日本はなぜ、
戦争終結にあたって、
ソ連頼みの和平工作に
最後まで望みを託したのか。
ソ連は、明治の日露戦争後も
日本にとっては
最大の仮想敵国であった。
しかも連合国の支援を受けて、
ナチス・ドイツの敗北を導いた、
のにである…。
先日来取り上げている
「太平洋戦争 日本の敗因」シリーズの
最終巻第6巻です。
サブタイトルとして
「外交なき戦争の終末」とあるように、
明確な見通しを持たず、
従って出口戦略も描こうとしないままに
無謀な戦争に突入し、
その終結のさせ方も
まともにできなかった日本の
愚かしい実態が描かれています。
〔本書の内容〕
プロローグ
1 対ソ外交への甘い期待
2 参戦防止のための対ソ交渉
3 一億玉砕へ
4 戦争終結のための対ソ交渉
5 ソビエトへの和解仲介依頼
エピローグ
参考文献 あとがき
冒頭に掲げた一文は、
プロローグの一節を抜粋したものです。
ここに記されているように、
それまで仮想敵国だったソ連に対して
和平の仲介を
一縷の望みとしていたこと自体が、
今となっては滑稽です。
その間、ソ連は着々と
対日参戦の準備をしていたのですから。
ここでもやはり、
日本の意志決定能力の欠如が
いたるところに現れているのです。
その原因を本書は
徹底的に追究しているのですが、
以下の四点に
大きくまとめられそうです。
一点目は、
外交の軽視による対話手段および
現状把握のシステムの崩壊です。
対米戦争開戦は、
「無謀である」という外交部の情報を
無視して始まったものでした。
以来、国際連盟脱退から始まる
国際的孤立化の道を選び、
他国との対話を閉ざし、
外交という機能を喪失するまでが
「1 対ソ外交への甘い期待」に
詳解されています。
敗色濃厚となってからの外交頼みは、
「それまで外交を軽視し
力の論理で日本を戦争に
突き進ませてきた軍部や右翼」の、
「虫のいい態度」という指摘は妥当です。
「外交というものは奇術ではない。
平素の行動がいちばん大事なんだ。
人を欺いたり、
陥れたりすることをしたら、
絶対に外交は成立しない」。
二点目は、
明確な意志決定機関を持たない
日本特有の政治システムです。
天皇の威光を利用して
我が物顔に振る舞う陸軍首脳部、
それらが醸成する空気に逆らえずに
忖度を重ねる内閣、
御前会議でさえも発言できない天皇。
その三者がすべて責任を持たず、
従って意志を決定することもできず、
場の「空気」に依存する忖度システム。
日本にしかあり得ない状況でしょう。
しかし、その構造を鳥瞰してみたとき、
実は「軍部の横暴」でしかないのは
明白なのです。
その「横暴」に対処できないだけであり、
それを許した初期の段階で間違いが
始まっていたといえるでしょう。
三点目は、
交渉の当事者に決定権を与えずに
機能不全に陥る日本流の交渉術です。
ソ連に対して
何度も交渉を試みるのですが、
外交官および特命大使は、
その決定権が与えられていないため、
具体的な条件提示がまったくできず、
腹の探り合いにしかならなかった経緯が
詳しく述べられています。
相手の意志を探り合い、
その呼吸を見計らって徐々に話を
煮詰めていくようなやり方は、
日本でしか
通用しないものなのでしょう。
意志決定の遅さが、結局は
私たちの国を破滅に導いたのです。
四点目は、
状況把握から目を背け、
希望的観測に終始する思考過程です。
開戦時にも、
そして幾たびかの戦局でも、
さらにはこの最終局面でも、
日本の軍部や内閣が希望的観測で
物事を判断している様子が、
しっかりと記録されています。
「ソ連軍が侵攻してくるのは
早くても秋以降」と結論づけたのは、
「ソ連軍が秋までに侵攻してくると
困る」からなのです。
秋をめどに計画されていた本土決戦は、
「ソ連が参戦しない」という前提のもとに
立案されたものである以上、
それを想定していては、
計画は成り立ちません。
砂上の楼閣のような計画だけが
次から次へと繰り返されたのが
太平洋戦争の真実です。
さて、本シリーズ
「太平洋戦争 日本の敗因」に
貫かれているのは、
「こうした日本の愚かしい
行動・思考様式が、戦時中のものとは
限らないのではないかという
疑問」です。
「五〇年前の敗戦という
特殊な状況下、
政府や軍隊といった組織の中で
露呈された日本人の行動様式は、
その組織を会社や地域社会といった
身近なものに置き換えてみれば、
どうだろう。
思い当たるふしがないとは
いえないのではないか」。
私たちは常に、この国の政治に
目を光らせていかなければ
ならないのでしょう。
派閥の論理を優先させたような
外務大臣任命は
外交軽視につながってはいないか、
少子化対策も働き方改革も
労働者不足の問題も、
利害関係の調整に終始し
抜本的対策が見送られてはいないか、
他国や関係諸機関との連携において
迅速な意志決定ができずに
商機や勝機を逃してはいないか、
安全神話の上にあぐらをかき重大事故を
招く状況になってはいないか、
私たちには政権を監視する
義務があるのではないでしょうか。
おそらくそれを怠れば、
最初はほんの些細な出来事だったのに、
気がついたときには
不健全な「空気」に支配され、
まともに声をあげることさえ
できなくなっている可能性があります。
本シリーズが1994年に
出版されたことには意義があります。
戦後50年という
取材可能なギリギリの時期で
ようやくこぎ着けることができた
戦争の「素顔」でしょう。
NHKだからこそできた
企画であり取材であり、
民放を初めとする他の報道機関では
できなかったはずです。
そしてもしこれ以上遅かったら、
取材そのものが
不可能になったはずです。
本シリーズ刊行から
さらに30年が経過し、
その価値は減じるどころか
ますます高まっていると考えます。
何度か絶版になりかけたようですが、
2023年9月現在、
まだ流通しているようです。
広く読まれることを願っています。
〔「太平洋戦争 日本の敗因」全6巻〕
1 日米開戦 勝算なし
2 ガダルカナル 学ばざる軍隊
3 電子兵器「カミカゼ」を制す
4 責任なき戦場 インパール
5 レイテに沈んだ大東亜共栄圏
6 外交なき戦争の終末
〔DVD「ドキュメント太平洋戦争」〕
〔戦争について考えてみませんか〕
(2023.10.9)

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