「妖婦の宿」(高木彬光)

だがそこにあっと言わせる仕掛けが

「妖婦の宿」(高木彬光)
(「妖婦の宿」)角川文庫

彼女の相手となった男は、
みな一人の例外もなく、
富と情熱を奪い尽くされ、
遂には生ける屍となって、
この世から
姿を消して行ったのだ。
一方それと反比例して、
彼女は年と共に
情熱と栄華と勢力を加えて行き、
三十五になる今日…。

と、被害者であり、
かつ作品表題の「妖婦」である
八雲真利子なる女の描写部分を
抜粋してみました。
高木彬光の神津恭介シリーズの中でも
屈指の名作短篇と言われる本作品、
最も存在感を放っているのは
この被害者なのです。
でもそれは読み手に対する
「目くらまし」に過ぎません。
目をそこに引きつけておいて、
読み手をあっと言わせる仕掛けが
施されていて、それが本作品の
味わいどころとなっているのです。

〔主要登場人物〕
山部英作

…事件の手記を記した人物。
 事件の起きた白泉ホテル支配人。
小泉新八郎
…白泉ホテル経営者。新興財閥の一人。
八雲真利子
…濃艶極りない妖婦。元映画女優。
 新八郎の情婦だが、他に愛人あり。
 殺害される。
月川馨
…映画俳優。真利子の愛人の一人。
花村敏夫
…流行歌手。真利子の愛人の一人。
京極鴻二郎
…東京毎夕新聞記者。
 兄京極子爵は真利子に捨てられ自殺。
居出井大八
…沼津署警部。事件を担当する。
松下研三
…一年目の探偵小説作家。
 事件の記録を探偵作家クラブ
 新年会で披露する。
松下英一郎
…研三の兄。警視庁捜査第一課長。
神津恭介
…東京大学医学部法医学教室助教授。

本作品の味わいどころ①
密室の殺人、
だがそこにあっと言わせる仕掛けが

本作品のトリックは「密室殺人」です。
密室殺人は、
当然のごとく不可能であり、
そこに何らかの仕掛けがあります。
本作中でも記されているのですが、
密室殺人の多くに見られる、
「氷を掛金にはさんで
それが溶けるまで待っていたり、
紐と針をつかって部屋の中から
鍵をかけたように見せかける、
機械的トリック」は
まったく使われていないのです。
しかし当然、そこにあっと言わせる
仕掛けが施されているのです。

本作品の味わいどころ②
名探偵神津、
だがそこにあっと言わせる仕掛けが

当然、その謎を解くのが
名探偵・神津恭介です。
早朝発見された事件を、
正午まで解決すると宣言し、
その通りにしてしまう、さすが名探偵。
そのキャラクターは本物です。
念のために確認すると、彼は
本職が東京大学医学部助教授、
美男子、
英・独・仏・露・ギリシア・ラテンの
6カ国語に通じたマルチリンガル、
学生時代に発表した論文により
「神津の前に神津なく、
神津の後に神津なし」と評された天才、
ピアノの腕前もプロ級、という
スーパースター探偵なのですから、
密室殺人の謎を解くのも朝飯前
(正午だから昼飯前か)なのです。
あまりにもあっさり解決する名探偵、
物的証拠は何一つないまま
司直が容疑者を拘束、いいのか?
しかし当然、そこにあっと言わせる
仕掛けが用意されているのです。

本作品の味わいどころ③
複雑な構造、
だがそこにあっと言わせる仕掛けが

本作品は短篇ながら、
やや複雑な構造をしています。
それぞれの章の小見出しを
列記してみると以下のようになります。
①序 読者諸君、警戒せよ
②山部英作の手記
③読者諸君への挑戦 松下研三
④山部支配人の手記(続)
⑤京極鴻二郎の言葉
①③は語り手が
松下研三となっています。
①では、事件の記録を
探偵作家クラブ新年会で
披露するという形をとりながら、
③において犯人当てクイズを
読み手に仕掛けているのです。
③まで読んだところで、
読み手は犯人を
推量しなければならないのですが、
決して多くはない登場人物、
当たらないはずはないと、
隅から隅まで読み通して、
「犯人は○○!」と私なりに
結論を下したのですが…、
しかし当然、そこにはあっと言わせる
仕掛けが隠されていたのです。

一通り読み終えて気づきました。
作者は①の序文の中で
すでに明確な手がかりを
提示していたのです。
本事件記録が探偵倶楽部で発表する
作品として適当である理由について、
「第一にこの記録は山部英作氏の手記」、
ここで作品構造に仕掛けがあることを
匂わせています。
「第二に、この事件の犯人は、
実に意外な人物だった」、
ここで真犯人は単純には
割り切れないことを示しています。
「第三に、このトリックは
実に堂々たるフェアプレイ。
犯人は正規の入口から
部屋へ出入りしている」、
実にトリックもこの線で考えると
解決してくるのです。
そして、その三つの提示こそ、
本作品の味わいどころ三つと
完全に重なるのです。

さて、本書の巻末解説には、
①の探偵作家クラブ新年会での
新作披露という企画が、
実は実在していたものであり、
駆け出し作家の高木彬光が、
本作の松下研三よろしく、
並み居る先輩作家たちの前で
本作品を披露してのものだそうです。
参会者は
「香山滋、木々高太郎、楠田匡介、
島田一男、城昌幸、千代有三、
中島河太郎(解説執筆者)、長瀬三吾、
双葉十三郎、山田風太郎、
渡辺啓助ら二十数人」なのだそうです。
その場面を想像するのも、本作品の
味わいどころといえるでしょう。

素敵な作品なのですが、
絶版の憂き目に遭っています。
私も古書で購入しました。
いっとき光文社文庫から
神津恭介シリーズが
刊行されたことがありましたが、
すべて網羅するにはいたらないまま、
そちらも絶版状態です。
日暮修一氏の装幀画とともに、
角川文庫から復刊しないものかと
願っているのですが、無理でしょうね。

(2023.10.13)

〔「妖婦の宿」〕
殺人シーン本番
紫の恐怖
鏡の部屋
妖婦の宿

〔高木彬光の文庫本について〕
かつて書店の本棚の
角川文庫のコーナーには、
「横溝ブラック」「森村ネイビー」とともに
高木彬光の、
灰色がかった黄土色とでもいえば
いいのか何とも地味な色合いの背表紙の
文庫本が並んでいたことを
思い出します。
現在、角川文庫はすべて絶版です。
光文社文庫から数点出ています。

sun jibによるPixabayからの画像

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