罪悪の意識・存在の証明・故郷の喪失
「題未定(霊媒の話より)」(安部公房)
(「題未定 安部公房初期短編集」)
新潮文庫
(「安部公房全集001」)新潮社
一人の小ちゃな年の頃
十四か五に見える
きゃしゃな人好きのする孤児が
どこからか
此の村に流れ込んで来た。
田舎町や村々を巡って歩く
曲馬団から
逃げ出して来たのだそうだ。
古ぼけた茶色のつぎはぎだらけの
背広みたいな袋に身を…。
安部公房全集第1巻に収録されている
小説のなかで最も最初期に
書かれた一篇が、本作品です。
なんと安部19歳のときの作品なのです。
後の安部作品の萌芽ともいえる要素が
いくつも見いだせるものであり、
安部公房好きには
たまらない作品であるといえます。
〔主要登場人物〕
花丸(パー公)
…孤児。曲馬団に拾われて育てられる。
訪れた村を自分の故郷だと感じ、
曲馬団から逃げ出す。
ものまねが得意。
クマ公
…曲馬団でのパー公の親友。
パー公の脱出を手助けする。
女将さん
…曲馬団の女将。パー公に目をかける。
地主さん
…曲馬団が訪れた村の地主。
奥さん
…地主さんの妻。
婆さん
…地主さんの母親。パー公の目の前で
車にはねられ死亡。
筋書きの前半は
パー公が曲馬団に拾われ、
脱出するまでが描かれます。
そして「後段」では、
パー公は自分の故郷と感じた村に
たどり着きます。
目の前で亡くなった婆さんの
仕草や口調を完璧に再現し、
霊媒としてその家に入り込むのです。
しかしパー公は、
罪の意識に苛まれるのです。
本作品の味わいどころ①
罪悪の意識~パー公を苛むものの正体
霊媒のまねごとをして、
遺族を欺いたのは
非難されてしかるべきです。
しかしパー公は、
決して騙して何かをしようと
深く考えたわけではないのです。
ましてや婆さんの死は、
彼にはまったく責任はありません。
しかし彼は罪の意識に苛まれるのです。
「お前が殺したのだぞ」という囁きは、
何か亡霊でも取り憑いたかのようにも
感じられるのですが、
これは彼自身の「内なる声」でしょう。
では彼自身を苦しめる
罪悪感の正体はいったい何なのか?
それを考えるのが、本作品の
味わいどころの一つめと考えます。
本作品の味わいどころ②
存在の証明~パー公の存在の不確かさ
主人公・パー公の存在は不確かです。
後の安部作品は、
筋書きが進行するにつれて
主人公の存在が揺らいでゆき、
しまいには存在が証明できないという
不条理の世界が展開するのですが、
本作品のパー公の場合、
最初から最後まで一貫して
その存在が不確かです。
曲馬団の女将に拾われるまでの
経緯も不明、本名も不明、
生年月日も不明、それ故に年齢も不明。
曲馬団が訪れた村を
自分の故郷では無いかと感じるものの、
その根拠も不明、
最終的に地主の家を逃げ出した
(と思われる)のですが、
その後の消息も語られません
(もしかしたら「逃亡」では無く
「消失」の可能性もある)。
その存在の不確かさこそ、
後の安部作品の多くに見られる
主題であり、
本作品の味わいどころでもあるのです。
本作品の味わいどころ③
故郷の喪失~パー公の故郷は果たして
さらに、パー公が故郷と感じた村は
果たして本当にそうだったのかという
点についても謎のまま終わっています。
見方を変えると、彼にとって故郷は
その「村」に限る必要は
なかったのではないかとも思えます。
現状から逃げ出す口実として
必要だった故郷。
つまり、どこでも故郷になり得るという
状況のように感じられます。
彼にとって、
故郷は永遠に喪失されたままであり、
どこでも故郷(の代わり)に
なり得るとともに、
どこも故郷にはなり得ないという
悲哀が感じられます。
この「故郷の喪失」というテーマは、
その後に書かれた安部の初の長編作品
「終りし道の標べに」にも
見られるものであり、
青年期の安部の心に
引っ掛かっていたわだかまりのようにも
感じられます。
安部の最初期の作品として、
この点をしっかり味わうべきでしょう。
安部作品を
読んだことのない方にとっては、
いったい何を表した作品なのか、
理解が困難なはずです。
安部の主要作品を読んだ方に
お薦めしたい作品であり、
安部文学理解のための
一つの鍵となっていると思われます。
(2023.11.2)
〔「題未定 安部公房初期短編集」〕
(霊媒の話より)題未定
老村長の死(オカチ村物語(一))
天使
第一の手紙~第四の手紙
白い蛾
悪魔ドゥベモオ
憎悪
タブー
虚妄
鴉沼
キンドル氏とねこ
解題 加藤弘一
解説 ヤマザキマリ
〔「安部公房全集001」収録作品〕
問題下降に依る肯定の批判
題未定(霊媒の話より)
秋でした
中埜肇宛書簡 1
中埜肇宛書簡 2
中埜肇宛書簡 3
或る星の降る夜
旅よ
中埜肇宛書簡 4
旅出
阿部六郎宛書簡
神話
僕は今こうやって
いてつける星
中埜肇宛書簡 5
君が窓辺に
もだえ
夜の通路
ひとり語
中埜肇宛間簡 6
ユァキントゥス
詩と詩人(意識と無意識)
嵐の後
歎き
静かに
暁は白銀色に
中埜肇宛書簡 7
観る男
そら又秋だ
誠に愛を
僕のふれたのは
友来てぞ
没落の書
老村長の死(オカチ村物語1)
没我の地平
中埜肇宛書簡 8
第一の手紙〜第四の手紙
様々な光を巡って
死
化石
厚いガラスや
白い蛾
無名詩集
中埜肇宛書簡 9
中埜肇宛書簡 10
終りし道の標べに
四章・書出しに
牧草
中埜肇宛書簡 11
中埜肇宛書簡 12
悪魔ドゥベモオ
憎悪
異端者の告発
タブー
生の言葉
Memorandum1948
名もなき夜のために
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