切れ味鮮やか、確かにホームズのライヴァル
「ダブリン事件」
(オルツィ/深町眞理子訳)
(「世界推理短編傑作集1」)
創元推理文庫

「遺言状の偽造事件といえば、
わたしの見聞きしたなかでも、
興味深いという点で、
あの事件の右に出るものは
まずないと思うね」
その日、
隅の老人はそう語り出した。
しばらく前から
黙ってすわったまま、
紙入れから数枚かの写真を…。
ドイルの
シャーロック・ホームズ・シリーズは、
同時代および後続の作家たちに
大きな影響を及ぼしました。
というよりも、
ホームズ・シリーズによる
ストランド・マガジン誌の商業的成功が、
他誌に多大なる影響を
与えたといった方がいいのでしょう。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、
明らかにホームズを
意識したと思われる作品が
イギリスを中心に
数多く発表されているのです。
「不可解な謎」を解き明かす
「天才的名探偵」たちを総称して
「シャーロック・ホームズの
ライヴァルたち」と
呼んでいるのですが、
オルツィの創りだした本作品の名探偵
「隅の老人」もその一人です。
〔主要登場人物〕
隅の老人
…老探偵(名前を記されていない)。
警察も暴けなかった事件の真相を
推理して語る。
※他の作品では「A・B・C喫茶店の
隅の席に座る奇怪な風貌の男」として
記されている。
「わたし」
…語り手(名前を記されていない)。
隅の老人の話の聴き手。
※他の作品では女性記者であることが
明かされている。
ブルックス老
…ダブリンの資産家。
多額の遺産を残して死亡する。
パーシヴァル・ブルックス
…ブルックス老の長男。
放蕩していた。
マレー・ブルックス
…ブルックス老の次男。
父親の面倒をみていた。
パトリック・ウェザード
…ブルックス家の顧問弁護士。
ブルックス老死亡の後、
何者かに殺害される。
ウィルスン・ヒバート
…パトリックの法律事務所の
共同経営者。ブルックス老死亡後、
マレーが身を寄せる。
ウォルター・ヒバート
…ウィルスンの息子。マレーの弁護士。
ヘンリー・オーランモア
…パーシヴァルの弁護士。
ジョン・オニール
…ブルックス家の執事。
ブルックス老が死の直前に作成した
遺言書に署名。
パット・ムーニー
…ブルックス家の馬丁頭。
ジョンとともに遺言書に署名。
メアリー・サリヴァン
…ブルックス家のメイド。
証言台に立つ。
マリガン
…医師。証言台に立つ。
バークストン
…弁護士。遺言書について証言。
メイジー・フォーテスキュー
…パーシヴァルが交際していた踊り子。
本作品の味わいどころ①
限られた登場人物による謎解きミステリ
事件は一件複雑に見えるのですが、
ブルックス老の死は心臓発作であり、
怪死事件ではありません。
したがってここで問題になるのは
「遺言書偽造事件」と「弁護士殺害事件」の
二つなのです。
登場人物は上に記したとおり、
短編にしては多いのですが、
多くは弁護士と証言者であり、
読み進めると犯人は
パーシヴァルとマレーの
兄弟二人以外には考えられないのです。
遺産相続に関わる兄弟の争い、
悪者はどちらか?
そしてその動機は何なのか?
読み手も文章の隅から隅まで読み尽くし
犯人を捜し出す。
それが本作品の一つめの
味わいどころといえるのです。
本作品の味わいどころ②
「遺言状偽造」「弁護士殺害」両事件の真相
ブルックス老が亡くなったその直後に、
ブルックス家を訪問していた弁護士が
殺害される。
偶然であるはずはありません。
当然そこに繋がりがあり、
謎が隠されているのです。
果たして遺言状は
本物なのか偽物なのか?
贋物だとすれば
それを作成したのは誰か?
弁護士が殺害されたのは
どのように関わってくるのか?
それらの多くは警察と裁判所が
明らかにするのですが、
肝腎なところは解明できないのです。
読み手も捜査と裁判を吟味し、
謎を解明する知的作業を体感する。
それが本作品の二つめの
味わいどころとなっているのです。
本作品の味わいどころ③
安楽椅子探偵の元祖「隅の老人」の名推理
さて、そうした謎解きを
作品中で行っているのが、
名探偵「隅の老人」です。
現場に赴くことなく、
警察や裁判所の解き明かせなかった謎を
見事に解決します。
鋭い観察眼で事件関係者を
プロファイリングし、
現場から誰しもが見落としている証拠を
探し出すホームズとは異なり、
与えられた情報のみをもとにして
推理する「隅の老人」。
切れ味鮮やかであり、
確かにホームズのライヴァルと読んで
差し支えのないキャラクターです。
この「隅の老人」の明快な推理を
堪能することこそ、本作品の
最大の味わいどころとなるのです。
もっとも、本作品を読む限り、
「安楽椅子探偵」の称号は
誤りのような気がします。
隅の老人は「A・B・C喫茶店」の
片隅の席に腰掛け、
女性記者「わたし」に語るだけですが、
その情報収集として少なくとも
裁判傍聴は行っているのです。
現場に出向くことなく裁判を傍聴して、
その結果から真相を探る。
「隅の老人」はそんな探偵なのです。
この「隅の老人」シリーズ、
なんと38篇も書かれたとのこと。
作品数でも
「ホームズのライヴァル」として
不足ない出来映えです。
なお、作者
バロネス・オルツィは女性作家。
語り手「わたし」は、
自身を想定した人物なのでしょう。
ホームズに決して引けを取らない
「隅の老人」。
ぜひご賞味ください。
〔オルツィの作品はいかがですか〕
ミステリ作家以前に、
大衆文学作家であり、
歴史ロマンス作品「べにはこべ」の
作者なのでした。
2014年には、全38篇を網羅した、
世界初の「隅の老人」完全全集が
登場しています。
ホームズのライヴァルとして
もう一人「レディ・モリー」も
創作しています。
〔「世界推理短編傑作集1」〕
序 江戸川乱歩
盗まれた手紙 ポオ
人を呪わば コリンズ
安全マッチ チェーホフ
赤毛組合 ドイル
レントン館盗難事件 モリスン
医師とその妻と時計 グリーン
ダブリン事件 オルツィ
十三号独房の問題 フットレル
短篇推理小説の流れ1 戸川安宣
(2023.11.3)

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