それにしてもこの筋書きの構成力の高さ
「贖罪」(湊かなえ)双葉文庫
わたしはあんたたちを
絶対に許さない。
時効までに犯人を見つけなさい。
それができないのなら、
わたしが納得できるような
償いをしなさい。
そのどちらもできなかった場合、
わたしはあんたたちに
復讐するわ。
わたしはあんたたち…。
小学生のときに、
同級生が殺害されるという事件に
巻き込まれた4人の少女。
その4人が被害者の母親から
このような言葉を
投げつけられるのですから衝撃的です。
今年、遅ればせながら
湊かなえの作品と出会い、
「告白」「少女」の衝撃が忘れられず、
本作を読んでしまいました。
〔「贖罪」各章〕
「フランス人形」
「PTA臨時総会」
「くまの兄妹」
「とつきとおか」
「償い」
「終章」
小学校4年生のときに起きた殺人事件、
そしてそれから15年後、
25歳になった当事者たちに降りかかる
災難が描かれています。
語り手を変えて、
次第に明らかになる真相に、
背筋が寒くなる思いの連続でした。
〔主要登場人物〕
足立エミリ
…小学校4年生時、性的暴行の上、
絞殺された美少女。
父親は大企業の重役で裕福な家庭。
都会育ちのお嬢様。
足立麻子
…「償い」の語り手。エミリの母。
殺害犯が捕まらないのは、
一緒に遊んでいた4人が犯人の顔を
思い出せないせいだと思いこみ、
脅迫的な言葉を投げつける。
紗英
…「フランス人形」の語り手。
小柄でおとなしい性格。事件当時、
エミリの死体に付き添っていた。
事件以降、犯人の影に怯え続け、
その心理的圧迫から初潮を
迎えることなく25歳を迎えた。
篠原真紀
…「PTA臨時総会」の語り手。
頼られることの多い存在だった。
事件の現場から逃げ出してしまう。
大学卒業後、小学校の教師となる。
25歳のとき、校内に入ってきた
不審者を撃退し、死亡させる。
晶子
…「くまの兄妹」の語り手。事件の際、
麻子にエミリの死亡を連絡した。
事件以降、引きこもるようになり、
25歳を迎える。
由佳
…「とつきとおか」の語り手。
近眼。手先が器用。
事件当時、交番に通報した。
事件以後、家族からの愛情不足が
原因で非行に走るようになる。
義兄との不倫の末に子どもを宿し、
25歳で出産を控えている。
孝博
…紗英の結婚相手。エリート。
特殊な性的嗜好の持ち主。
事件当時、紗英の二つ上の学年。
沢田
…事件当時の紗英たちの学級担任。
関口和弥
…真紀の勤務する小学校に侵入し、
児童を切りつけた。
真紀の反撃に遭い、死亡する。
田辺
…真紀の同僚教師。
関口侵入の折、児童を守らず、
世間から糾弾される。
奥井
…田辺と交際していた養護教諭。
田辺擁護の目的で、
真紀をインターネット上で非難。
洋子
…晶子のおば。
誠司
…晶子といとこどうし。洋子の息子。
美里
…誠司の妻。
幸司
…晶子の兄。くまのような風貌。
優しい性格。
シングルマザーの春花と結婚。
春花
…交際していたやくざの男の子を出産。
幸司と結婚する。
若葉
…春花の連れ子。晶子に懐いていた。
安藤
…晶子が通報した駐在。事件以後、
晶子が頼りにした存在。
由佳の義兄
…警察でコンピュータ関係の
技術の仕事をしている。
久保田秋恵
…麻子の友人で大学の同期。
地味で真面目な性格。
南条弘章
…大学時代、麻子が交際していた男。
フリースクールを主催。
本作品の味わいどころ①
交錯する過去と現在の「殺人」
「フランス人形」から
「とつきとおか」までの
4つの章で描かれるのは、
15年前の美少女エミリの殺害事件と、
25歳になった
当事者4人が犯す殺人です。
紗英・真紀・晶子・由佳の4人が
語り手を交代し、
過去と現在を語るのですが、
そのすべてが「現在の殺人」へと
行き着くのです。
「殺人」といってもそれはみな、
心神喪失、
過剰防衛か否かの判断困難な行為、
幼い子どもを守るための突発的行動、
正当防衛といった、
結果としてのものなのです。
そしてそれぞれ表面上はまったく過去と
繋がりがないにもかかわらず、
すべてが過去の事件を背景として起きた
「殺人」なのです。
本作品の味わいどころ②
それぞれがたどり着く「贖罪」
そして「償い」を含め、
各5章の語り手がたどりつくのは
「贖罪」なのです。
ただし、麻子以外の4人は、
過去の事件において何ら罪を
犯していたわけではありません。
それでいながら深い「罪の意識」を
抱くにいたった経緯が、
矛盾なく説明されています。
そして、4人の語りの端々に現れる
「現在」の麻子もまた、
復讐をしていると読み取れるのですが、
実は贖罪に向けて奔走していたことが
「償い」で明らかにされます。
「贖罪」は、まさにこれ以外には
あり得ない表題となっているのです。
本作品の味わいどころ③
巡った果てに舞い戻る「因縁」
何の罪もない女の子4人に、
冒頭の一節のような言葉を
投げつけた麻子。
精神異常か歪んだ性格の持ち主かと思い
読み進めたのですが、
「償い」でその背景が明らかにされます。
そして我が娘の殺害事件の遠因は、
自らがかつて犯した
不徳にあったことが明かされるのです。
巡った果てに
我が身に舞い戻る「因縁」が、
強い説得力を持って
鮮やかに描かれていきます。
読み終えると、語り手5人に
悪人はいないことに気づかされます。
いや、登場人物すべてに
根っからの悪人はいないのです。
しかしボタンの掛け違いが
摩擦を生み出し、
お互いの運命を狂わせていく過程が、
これでもかと突き付けられるように
提示されていきます。
読み終えるとなんともいえない
やりきれなさで一杯になります。
それにしても
この筋書きの構成力の高さ。
一つ一つのパーツを正確に創り上げ、
それらを緻密に組み上げて製作された
精密機械を見るような思いです。
「イヤミス」(読んだあとに
嫌な気持ちになるミステリ)なる言葉が
あるようですが、
このような完成度の高い作品なら、
結末がどうであれ、
嫌な気持ちになる以上に、
素晴らしいものに触れた喜びを
感じてしまいます。
やはり湊かなえ、恐るべき作家です。
(2023.11.6)
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