怪盗ルパン、縦横無尽の面白さ!
「813」「続813」
(ルブラン/堀口大學訳)新潮文庫
欧州全体の運命に関わる
「機密」を握っていた
大富豪ケッセルバック氏が、
何者かに刺殺される。
その犯人と目されたのは、
怪盗紳士
アルセーヌ・ルパンだった。
ルパンは姿なき殺人鬼と
対峙しつつ、「機密」を使って
ある野望を遂げようと…。
「ルパン」というと、原作者ルブランの
創り出した人物像よりも、
日本のアニメの印象が強すぎて、
今ひとつ手を出しかねていました。
でも、これを知らずして
ミステリを語るわけにはいくまいと、
まずは手始めに傑作の誉れ高い
「813」を読んでみました。なんと
「813」だけでは筋書きは完結せず、
「続813」とセットになっているのでした
(もともと一つだったものが、
「ルパンの二重生活」と
「ルパンの三つの犯罪」に分冊された)。
〔主要登場人物〕
アルセーヌ・ルパン
…怪盗紳士。
セルニーヌ公爵
…ロシアの貴族。正体はルパン。
アンドレ・ボーニー
…正体はルパン。
マルコ
…ルパンの手下。
ルドルフ・ケッセルバック
…大富豪。欧州全体に関わる機密に
接触しようとしていた。殺害される。
ドロレス・ケッセルバック
…ルドルフの妻。
チャプマン
…ケッセルバックの秘書。殺害される。
エドワール
…ケッセルバックの下男。
ギュスターブ・ブド
…ケッセルバックが殺害された
ホテルのボーイ。殺害される。
バルバルー
…ケッセルバックから
調査を依頼された男。
ピエール・ルデュック
…ケッセルバックの謎の事業計画の
秘密を握る人物。左手小指を欠損。
自殺を計る。
スタインウェッグ
…ケッセルバックの旧友。
813の秘密を握る老人。
アルテンハイム男爵
…ケッセルバックの友人と自称する
人物。バーブリー、リベイラという
別名で暗躍。
本名はラウール・ド・マルライヒ。
短刀の小男
…アルテンハイムの相棒。謎の殺人鬼。
ケッセルバックをはじめとする
関係者を殺害、
ルパンの企てをことごとく妨害する。
ルイ・ド・マルライヒ
…アルテンハイムの弟。
イジルダ
…マルライヒ兄妹の妹。口がきけない。
殺害される。
レオン・マシエ
…アルテンハイム団首領。
オーギュスト・ルノルマン
…警視庁保安課長。
グーレル
…警視庁の警部。ルノルマンの部下。
捜査中に殉職。
ジュージー…腕利きの刑事。
フォルムリー…予審判事。
キンベル…ルパンの弁護人。
ジャン・ドードビル
ジャック・ドードビル
…セルニーヌ公爵の配下。
ルノルマンの部下。
ウェーベル…警視庁保安課次長。
バラングレー…総理兼内務大臣。
バルニエ…セルニーヌ公爵の使用人。
ジェルトリュード、シュザンヌ
…ケッセルバック夫人の女中。姉妹。
ジェラール・ボープレ
…貧乏な青年詩人。自殺しようとする。
ルパンの手引きで
ピエール・ルデュックと成り代わる。
ジュヌビエーブ・エルヌモン
…知的障害児の学校を経営する
美貌の娘。
ピエール・ルデュックと婚約する。
ビクトワール・エルヌモン
…ジュヌビエーブの祖母。
ルパンの乳母。
皇帝…ドイツ皇帝。
ワルデマール伯…皇帝の腹心。
本作品の味わいどころ①
縦横無尽、何役もこなす怪盗紳士
よくルパンと対比されるのは
怪人二十面相です。
江戸川乱歩の場合、
二十面相が怪盗、明智小五郎が探偵、
警察側の捜査官として中村警部、
助手として小林少年、そして
二十面相から宝石を狙われる被害者と、
ある意味ワン・パターン的に
役割が決まっていました。
ところが本作品においてのルパンは、
怪盗としての役割だけではないことが、
読み進めるにつれて
明らかになっていきます。
ある場面では
813の謎を解き明かす名探偵、
ある場面ではケッセルバック氏
殺害事件の真相を追う腕利き捜査官、
かと思えば貴族になりすまして
陰謀を企み、またあるときは
命を狙われる被害者となり、さらには
ケッセルバック未亡人に嫉妬する
恋多き男も演じ、
ジュヌビエーブを守ろうと
父性まで発揮します。
逮捕・収監されると、
冷静に見えながらも
いたる場面で感情をあらわにし、
最後には自殺まで決意する
心の弱さをさらけ出す。
なんともキャラクターの多彩な設定、
ある意味、分裂症気味とも思える
人物像なのです。
ルパンとは、こんなにも
面白いキャラクターだったのか!
このルパンのキャラクターを、
まずはしっかりと味わうべきでしょう。
本作品の味わいどころ②
縦横無尽、予想を超える物語世界
ルパンが単なる
宝石泥棒でないのと同様、
筋書き自体も
縦横無尽に拡がっています。
冒頭ではケッセルバック氏を縛り上げて
秘密を聞き出そうとする犯罪小説、
直後にはケッセルバック氏と
目撃者二名が殺害される事件の
追跡捜査、
そしてルパンの冤罪を晴らす
ミステリと連続します。
ところがルパンが追っていた「機密」は、
ヨーロッパの歴史を書き換えるような
秘密を持っていることが判明、
フランスの刑務所に収監されている
ルパンに対し、
ドイツ皇帝が接見に訪れるなど、
スケールが次第に
大きくなっていくのです。
813の暗号は何を意味するのか?
謎の殺人鬼の正体は誰なのか?
秘密の文書の在処はどこか?
入れ替わったルデュックは
成功するのか?
ジュヌビエーブの運命は?
次から次へと
めまぐるしいまでの展開を、
次にじっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ➂
縦横無尽、奇想天外の真相と犯人
正続合わせて700頁に及ぶ大作は、
最後の最後に読み手の想像を超える
真相が待ち受けています。
その犯人も予想だにしないものでした。
ルパンをきりきり舞いさせた
謎の殺人鬼の正体は…。
ぜひ読んで確かめてください。
この奇想天外な事件の真相と
犯人の正体こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
さて、わが国において、
ルパンの知名度の高さの割には、
そのシリーズの出版状況は
なぜか芳しいものではありません。
文庫本ですべてが
出そろったものはない上、
近年の新訳ブームからも
漏れ続けているのです。
本書も訳者は何と堀口大學。
味わいはあるのですが、
時代が令和となった今、
いくらなんでも新訳が求められて
当然です。
どこかの出版社から系統的に
シリーズすべての翻訳本を
出してほしいと願っています。
〔新潮文庫のルパンシリーズ〕
前述したように、
堀口大學訳はいささか古びたものと
なってしまいましたが、
新潮文庫は貴重です。
「ルパン傑作集」と題された全10巻、
いかがでしょうか。
「ルパン傑作集Ⅰ 813」
「ルパン傑作集Ⅱ 続813」
「ルパン傑作集Ⅲ 奇岩城」
「ルパン傑作集Ⅳ 強盗紳士」
「ルパン傑作集Ⅴ ルパン対ホームズ」
「ルパン傑作集Ⅵ 水晶栓」
「ルパン傑作集Ⅶ バーネット探偵社」
「ルパン傑作集Ⅷ 八点鐘」
「ルパン傑作集Ⅸ ルパンの告白」
「ルパン傑作集Ⅹ 棺桶島」
ルパンの事件の時系列に
なっていないところが残念です。
〔ポプラ社のルパンシリーズ〕
懐かしいシリーズが、
ポプラ社の南洋一郎訳です。
こちらは正確な翻訳ではなく、
翻案と呼ぶべきものです。
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