
だから味わってはいけない作品なのです
「カンタン刑」(式貴士)
(「カンタン刑」)角川文庫
(「暴走する正義」)ちくま文庫
それにしても、カンタン刑とは!
いくらなんでも
ひどすぎるじゃねえか。
さっさと締めるなり、
ギロチンで首を
チョン切るなりして
殺してくれりゃあいいものを。
それをカンタン刑とは!
よりによってカンタン刑とは
残酷すぎるぜ…。
上の台詞は女性八人を暴行殺害した
殺人鬼のもの。
そんな残忍な男が死刑以上に恐れる
「カンタン刑」とは何か?
本短篇は、その残虐非道なる
「カンタン刑」の様子を
延々と描いたものなのです。
本作品の味わいどころはどこか?
ありません。というよりも、
味わってはいけない作品なのです。
〔登場人物〕
草田八朗
…若い女性八人を暴行殺害した殺人鬼。
三名を殺害した罪での死刑判決を
不服として上告していたが、その後、
さらにご明察外の余罪が発覚し、
カンタン刑の判決が確定する。
刑務所長
…草田が服役する刑務所の所長。
カンタン刑を執行し、
中国の要人に説明する。
毛沢光
…中国政界の権力者。
カンタン刑の視察に日本を訪れる。
毛沢東の孫。
味わってはいけない本作品の味①
人間の精神だけを破壊するカンタン刑
日本の憲法はその第36条で
残虐な刑罰を禁止しています。
死刑については、
1948年の大法廷判決では、
「火あぶり、はりつけ、さらし首、
釜ゆでの刑のように
残虐な執行方法を定めれば、
死刑は残虐な刑罰といえるが、
刑罰としての死刑そのものを
直ちに残虐な刑罰と
いうことはできない」として、
それを合憲としています。
そこで取り上げられた「残虐な刑罰」は、
肉体的なものを想定しているのですが、
この「カンタン刑」は受刑者の
精神への攻撃にほかなりません。
だから死刑以上の
刑罰となり得るのです。
殺人鬼・草田は
死よりも残酷な刑罰を経験します。
4つからなる章の
一つめはゴキブリ地獄、
二つめ汚水地獄、
三つめ砂漠地獄と続きます。
言葉で書けば簡単なのですが、
読めばおぞましさがこみ上げ、
作中の草田よりも、
読み手の精神バランスが
先に崩壊しそうになります。だから
味わってはいけない作品なのです。
味わってはいけない本作品の味②
「目には目を」を具現化したカンタン刑
自分の性欲目的のために
八人の女性を殺害し、
その屍体にまで陵辱を加えていた
非道な輩に対して、
死刑などでは生ぬるいという感覚は、
誰しもが抱くところです。
しかし死刑以上の刑罰は存在せず、
その死刑ですら現代では禁止の方向に
流れている以上は、
犯した罪に見合った
刑罰を与えるというのは
事実上不可能でしょう。
「カンタン刑」なるものは、
それを最も具現化した方法と
いうことができるでしょう。
その根底にあるのはもちろん
「目には目を、歯には歯を」という
同害報復の考え方にちがいありません。
古くはハンムラビ法典にも
記載が見られ、
18世紀ドイツの哲学者・カントも
唱えていたものです。
単純明快であり、
被害者視点に立ったときには
受け入れられやすいものですが、
この「カンタン刑」は
度を超しています。だから
味わってはいけない作品なのです。
味わってはいけない本作品の味③
統治するシステムとしてのカンタン刑
「カンタン刑」は、
その描かれている内容がおぞましく
吐き気を催すものであるにも
かかわらず、
その執行は肉体的な拷問にあたらず、
被害者感情が
大幅に救済される可能性もあり、
一つの刑罰の在り方の側面と
捉えることもできなくはありません。
しかし、最後の3頁半、
刑務所長と毛沢光との
やりとりを見ると、
そんな思いは跡形もなく吹き飛びます。
二人はこれを刑罰としてではなく、
人民の統治システムとしての利用を
画策しているのです。
犯罪の抑止ではなく、
政府への反抗的意志の徹底した
封じ込めなのです。
まさに恐怖政治そのものです。
最後まで読み通すと、
それまでのおぞましさとは
まったく異なる恐怖に襲われ、
背筋に冷たいものが流れます。だから
味わってはいけない作品なのです。
味わってはいけないと言われると
味わいたくなるのが
人情というものでしょう。
アンソロジーの表題「暴走する正義」を
見事に体現した本作品、
怖いもの見たさにいかがでしょうか。
(2023.12.14)
〔式貴士について〕
この式貴士なる作家、
1975年に本作品によってデビューした
SF作家なのですが、
このようにエログロ・耽美趣味を
前面に出した異色の存在です。
作品の多くは絶版となりましたが、
2008年と2012年に光文社文庫から
作品集が2つ刊行されました
(それも現在は絶版中)。
実は式貴士は、本作品発表以前には
官能小説作家として活躍していました。
筆名は蘭光生であり、
その官能作品はマドンナメイト文庫や
フランス書院文庫から多数出版され、
一世を風靡しました。
その多くもまた
絶版となっているのですが、2021年、
作品集が刊行され、
こちらは現在流通しています。
積極的に読んでみようとは
私も思わないのですが、
「怖いもの見たさ」もしくは
「こんな作品もあるという
見識を広げるため」に接しても
損はないかと思われます。
〔「カンタン刑」角川文庫〕
ポロロッカ
おてて、つないで
ドンデンの日
カンタン刑
バックシート・ドライバー
ルパンと龍馬とシラノと
日本が眠った日
不思議の国のマドンナ
Uターン病
長ァ~いあとがき
〔「暴走する正義」〕
公共伏魔殿 筒井康隆
処刑 星新一
戦争はなかった 小松左京
こどもの国 水木しげる
闖入者 安部公房
カンタン刑 式貴士
錯覚屋繁昌記 半村良
革命狂詩曲 山野浩一
市二二二〇年 光瀬龍
〔ちくま文庫「巨匠たちの想像力」〕

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