「十三号独房の問題」(フットレル)

二十面相やルパンとはまったく異なる脱獄ショー

「十三号独房の問題」
(フットレル/宇野利泰訳)
(「世界推理短編傑作集1」)
 創元推理文庫

不可能なんてことは
ありえんのだ。
脳髄さえ使えば監房脱出なんぞ
易々たるものだ。
ぼくの主張は
ちっとも変わらんよ。
いついかなる刑務所でもよい。
きみの指定の監房に
入れてもらおう。
一週間以内に、
誓って脱出してみせるから…。

刑務所からの脱出計画です。
どんな囚人が脱走するのかと思えば…
大学教授であり、
哲学博士・法学博士・王立学会会員・
医学博士・歯科博士など、
ずらりと肩書きの並ぶ学者なのです。
さていったいどんな経緯で、
彼は監房に入れられ、
そして脱出しようとしているのか。
古典ミステリの名作短篇です。

〔主要登場人物〕
オーガスタス・S・F・X・
ヴァン・ドゥーゼン

…大学教授・哲学博士・法学博士・
 王立学会会員・医学博士・歯科博士。
 思考機械と呼ばれる。
チャールズ・ランサム
…科学者。思考機械の友人。
 刑務所からの脱出によって自説を
 証明するよう思考機械に提案する。
アルフレッド・フィールディング
…科学者。思考機械の友人。
マーサ
…思考機械の家の使用人。
チッザム刑務所長
…思考機械が収監された刑務所の所長。
ジョセフ・バラード
…チッザム刑務所に収監されている
 殺人犯。
ハッチンソン・ハッチ
…思考機械の友人の新聞記者。

本作品の味わいどころ①
脱獄を試みるのは大学教授

なぜ大学教授が脱獄を?
それはヴァン・ドゥーゼン博士
(以下思考機械)が
ランサム博士との論戦の中で、
人間の思考には不可能はないという
自説を主張、その証明として
監獄から一週間以内に脱獄してみせる、
というものなのです。
探偵小説で脱獄といえば、
二十面相とルパンぐらいなものでしたが
なんと探偵役がわざと入獄し、
そこから脱出を試みるという、
引田天功も真っ青な設定が、
今から120年も前の
1905年に書かれていたのです。
まずはその斬新な設定を
味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
脱獄に使うのは明晰な頭脳

二十面相もルパンも、
脱獄といえば魔法のような手法を使って
(つまりろくに説明もされず)、
簡単に脱出してしまいます。
脱獄は筋書きの展開上の
つなぎのようなものです。
物語のメイン・デッシュではないため、
詳しい解説や合理的な説明はどうしても
割愛されてしまうのでしょう。

脱獄そのものを
筋書きの中心に据えた作品は、
本作品が世界初だった可能性もあります
(詳しくないので断言できませんが)。
だからこそ、
二十面相やルパンとは異なり、
実現可能かつ
エンターテインメントとして成り立つ
手段で脱獄するしかないのです。
その方法はただ一つ、
「頭脳」を駆使しての脱獄です。
といっても120前の世界ですから、
サイバー的なものではありません。
そこにある限られたものを
頭脳で組み立て活用する、
完全D.I.Y.での脱出劇です。
二十面相やルパンとはまったく異なる
頭脳を駆使した脱獄ショーを
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
脱獄の経緯は巧妙な伏線で

ものの見事に脱獄を完了してしまう
思考機械なのですが、
二十面相やルパンのように
説明不能の魔術のような方法を
使うわけではありません。
あの手この手の作戦が
展開されるのですが、
その様子は監視側に見える部分のみが
読み手に伝えられ
(当然最後に種が明かされるのですが)、
それがそのまま巧妙な伏線として
機能しています。
思考機械が収監された
第十三号独房付近の、
ありふれた情景描写がいくつかと、
不可解な出来事が複数記され、
読者に提示されるのです。
それらを以下に示します。
・監獄の近くに
 川と子供の遊び場があること
・アーク灯の位置等
・ネズミの存在
・下水管の存在
・布と筆記用具について
・下水管を使った連絡
・思考機械の帽子のサイズ
・指の長さの違い
さて、これらは脱獄に
どう関わってくるのか?
張りめぐらされた伏線と
その回収の妙を、
最後にじっくり味わっていただきたいと
思います。

この「思考機械」、
以前本書収録の作品で取り上げた
オルツィ「隅の老人」
モリスン「マーチン・ヒューイット」
同様、「ホームズのライヴァルたち」と
呼ばれる存在です。
ドイルのホームズ・シリーズのヒットで
掲載誌「ストランド・マガジン」が
売り上げ部数を伸ばしたことによる、
ライバル各誌の対抗策として誕生した
名探偵たちの一人なのです。
全50篇ほどの作品があります。
こちらも素敵なシリーズです。
このあと順次
取り上げていきたいと思います。

〔「思考機械」シリーズ〕
「思考機械」シリーズは、
長らくその作品数が
確定していませんでした。
短編が2冊の単行本に
纏められていたのですが、
3冊目の作品集の準備中に
作者が急逝したため、
単行本未収録の作品も
多数あったのです。
海外以上に、近年日本において
その発掘が進み、
総作品数は50篇で確定、以下の2冊で
「完全版」として刊行されています。

〔「世界推理短編傑作集1」〕
序 江戸川乱歩
盗まれた手紙 ポオ
人を呪わば コリンズ
安全マッチ チェーホフ
赤毛組合 ドイル
レントン館盗難事件 モリスン
医師とその妻と時計 グリーン
ダブリン事件 オルツィ
十三号独房の問題 フットレル
 短篇推理小説の流れ1 戸川安宣

〔「世界推理短編傑作集」はいかが〕

(2023.12.15)

Ichigo121212によるPixabayからの画像

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「チゼルリック卿の遺産」
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