「幽霊小家」(押川春浪)

行間からそこはかとなく漂ってくる時代の匂い

「幽霊小家」(押川春浪)
(「押川春浪幽霊小説集」)国書刊行会

「押川春浪幽霊小説集」国書刊行会

「幽霊小家」(押川春浪)
(「少年小説大系第2巻押川春浪集」)
 三一書房

「少年小説大系第2巻押川春浪集」

叔父の荒井博士とともに
アジア大陸探検隊に加わった
猛雄と俊一の二少年。
険しい聖伏山での一夜、
二人は他の大人たちが
寝静まった後、
地元で幽霊小家と呼ばれる
荒ら家へと探検を試みる。
そこには五つの髑髏があり、
白い幽霊が…。

明治のエンターテインメント作家・
押川春浪による、
その名も「押川春浪幽霊小説集」、
表題通りに幽霊の登場するのは
小品集である「万国幽霊怪話」のみで、
併録されている「幽霊旅館」
「黄金の腕輪」「南極の怪事」には、
幽霊はまったく登場していません。
最後の本作はどうかというと…、
やはり現れません。
幽霊と思われたのは、大型の白い河獺。
しかし、幽霊よりも怖い
七人の山賊一味が現れるのですが…。

〔主要登場人物〕
荒井博士

…探検隊隊長。日本で名高い理学博士。
武村猛雄
…荒井博士の甥。16歳。
 体力十分の色白の美少年。柔道初段。
船橋俊一
…荒井博士の甥。16歳。
 色の浅黒い健康児。野球とボートで
 名を知られている選手。
河獺
…大型で白い川獺。幽霊小家の
 まわりを夜な夜なうろつく。
 地元民はこれを
 幽霊と見間違えているらしい。
七人の怪賊
…幽霊小家を根城にして
 地元で悪事を働く盗賊集団。
 なぜか日本人を恐れる。

本作品の味わいどころ①
驚き!幽霊の正体は河獺と盗賊団

幽霊小家に出現した幽霊は、
「細長い白い姿の立っているのが
朦朧と見えた」、
「丈高い白い姿が、
ヌッと眼前に突っ立ち、
忽ちツーと彼方に消え去った」。
いよいよ幽霊登場かと思えば、
二人の取った行動は何と
「一刀の下に斬り殺して仕舞おう」。

いやいや、幽霊ならば斬れないし、
正体が人間なら斬ってはいけないし、
…などという読み手の戸惑いも
お構いなしに、俊一少年は
「抜く手も見せず」斬り捨てるのです。
得意なのは
野球とボートだけかと思いきや、
俊一少年は剣道も
神業的技能の持ち主だったのです。

まあ、幽霊の正体は
大型の白い河獺だったので、
斬り捨てても問題はなかったのですが、
人畜無害の珍獣を斬り捨てていいの?
などという野暮な疑問は持たず、
明治のエンタメを
十分に愉しみましょう。

本作品の味わいどころ②
痛快!二少年が盗賊団を一網打尽

で、次に現れたのが「七人の怪賊」。
荒くれ男たちが手にしているのは
荒井博士一行の所持品全て。
もしや強盗殺人でも引き起こしたのか?
という読み手の不安も
「一人も眼が醒めず楽々と盗んできた」の
一言でかき消されます。さらに、
「日本人の奴らは気が強く、
眼を醒して抵抗われては
危ないからなア」などという
弱音まで吐く始末。
拍子抜けの感さえ漂います。

こうなると二少年の敵ではありません。
二人で七人をあっという間にねじ伏せ、
盗品全てと巨大河獺を担がせて
宿屋まで運ばせるのです。
危機に陥る場面など一切なく、
二少年の一方的勝利で終わるのです。
健全な少年二人が
殺人すらいとわない七人の山賊に
勝てるの?
などという野暮な疑問は持たず、
明治のエンタメを
しっかり愉しみましょう。

本作品の味わいどころ➂
爽快!欲のない二少年と理学博士

二少年も博士も欲はありません。
二少年は手に入れた珍獣の毛皮を
博士に寄贈、
博士はそれを博物館に寄付。
めでたしめでたし。

もっとも二少年はその返礼として、
博士から純金メダルと自転車
そして猟銃を贈られるのですから、
珍獣の毛皮以上の高価なものを
手に入れたことになります。
16歳の少年に自転車はともかく、
高額な純金?危険な猟銃?いいのか?
などという野暮な疑問は持たず、
明治のエンタメを
思う存分愉しみましょう。

と、ここまで
明治の少年の読み手目線に立って
味わいどころをまとめてみました。
しかし現代の私たちから見ると、
とてもエンターテインメントとしては
成り立ちません。
もう一つ別の味わい方もあります。

それは本作品から強く感じられる
明治の「富国強兵」の薫りです。
河獺を一刀両断にしたり、
荒くれ男たちをねじ伏せるのも、
当時の少年たちにそうあってほしい、
さらにいえば、
勇ましい兵隊となってほしいという
明治政府(または当時の世相)が
色濃く反映された結果であるように
思うのです。
それでいて探検の場所は朝鮮半島。
山賊一味があまりにも弱々しいのも、
朝鮮人を見下していた
当時の世間一般の見方が
そのまま素直に現れたものなのでしょう
(欧米人を相手にしていないところが
なおさら当時の日本人らしい)。
行間からそこはかとなく漂ってくる
時代の匂いこそ、
現代の私たちが味わうべき本作品の
テイストではないかと思います。

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今日のオススメ!

まあ、難しいことは考えず、
明治の子どもの心に
立ち返って読むのが、
正しい味わい方なのかも知れません。

〔「押川春浪幽霊小説集」〕
万国幽霊怪話
幽霊旅館
黄金の腕環
南極の怪事
幽霊小家
付録一 酒に死せる押川春浪
付録二 余の見たる押川春浪
付録三 押川春浪関係年譜

〔「少年小説大系第2巻押川春浪集」〕
海底軍艦
幽霊島
塔中の怪
空中大飛行艇
続空中大飛行艇
黄金の腕輪
人外魔境
幽霊小家
怪人鉄塔
樹上の侠士と美人
頑強壮漢

〔関連記事:押川春浪作品〕

〔押川春浪の本について〕
現代のものさしを持ったまま
本作品を読もうとすると、
「こんなものが怪談か!」と怒りだし、
本書を投げつけてしまう
結果になるでしょう。
押川春浪のコアな世界に入るためには、
まずは「海底軍艦」を読むことを
お薦めします。
「海底軍艦」は
青空文庫で読むことができます。

やや根が張りますが、
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本書に続いて、
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期待しています。

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