「緑柱石の宝冠」(ドイル)

味わいどころはずばり「ホームズの探偵術」

「緑柱石の宝冠」
(「シャーロック・ホームズの冒険」)
(ドイル/日暮雅通訳)光文社文庫

大銀行頭取・ホールダーは、
ある高貴な人物への
融資の担保として、
「緑柱石の宝冠」を預かる。
ある晩、もの音に目覚めた
彼が駆けつけると、
彼の息子がその宝冠を手にして
立っていた。
宝冠からはすでに
三個の緑柱石が失われていた…。

ドイル
シャーロック・ホームズ・シリーズの
短篇作品第11作となる本作品、
「青いガーネット」に続き、
宝石がらみの事件となります。
息子が「緑柱石の宝冠」を
手にしている現場を
父親が押さえているのですから、
どこから見ても
犯人は息子のような気がするのですが、
ホームズはそれが冤罪であることを
瞬時に見抜くのです。
本作品の味わいどころはずばり、
「ホームズの探偵術」です。

〔主要登場人物〕
シャーロック・ホームズ

…探偵コンサルタント。
「わたし」(ジョン・H・ワトスン)
…語り手。医師(元軍医)。
 彼の仕事に同行する。
アレグザンダー・ホールダー
…大銀行頭取。「ある高貴な人物」から
 融資の担保として
 「緑柱石の宝冠」を預かる。
アーサー・ホールダー
…アレグザンダーの一人息子。
 宝冠の緑柱石を盗んだ容疑で
 拘束されている。
メアリ・ホールダー
…アレグザンダーの姪。
 聡明な女性で叔父の信頼を得ている。
ルーシー・パー
…ホールダー家のメイド。
サー・ジョージ・バーンウェル
…アーサーの友人。信頼できない人間。

本作品の味わいどころ①
ホームズの探偵術①

手がかりから物語を読む
本事件におけるホームズの探偵術で
目を見張るべきは
現場の手がかりの観察です。
庭に残された足跡から、実に多くの
事実を読み取っているのです。
以下に読み取った事実を
記しておきます。
①男女二人が立ち話をしていた。
②男は片足が木の義足である。
➂男が一往復、
 裸足の男が一往復している。
④裸足の男が靴の男を追跡している。
 →裸足の男はアーサー
⑤男は玄関ホールの窓の下で
 誰かを待っていた。
⑥男と裸足の男が格闘した。
⑦玄関ホールの窓から、
 誰かが出入りした。
もはや事実を読み取るというよりも、
物語を読み取っているのです。
ホームズが読み取った事件の真相の
「物語」の犯人は?
ぜひ読んで確かめてください。

本作品の味わいどころ②
ホームズの探偵術②
人物を見ずに事実を見る

ホールダー氏は、
息子アーサーが犯人であると結論づけ、
悲観しているのです。
日頃から行いが悪く、
悪い仲間との交際も
続いているのですから、
息子への信頼は
すでになくなっているのです。
加えて聡明な姪メアリの存在が
比較対象となり、
一層息子への評価が
低いものとなっているのです。
しかしホームズは
ホールダー氏からその状況を
聞いただけで
「アーサーは無実」と確信します。

ホームズの思考は、
「人物を見ずに事実を見る」ということ
なのでしょう。
「まったくありえないことを
 すべて取り除いてしまえば、
 残ったものが
 いかにありそうにないことでも、
 真実に違いない」

その思考基準に沿って
ホームズが暴いた事件の真犯人は誰?
ぜひ読んで確かめてください。

本作品の味わいどころ➂
ホームズの探偵術➂
クライアントに寄り添う

最後の「事件の決着の仕方」にも
ホームズらしさが現れています。
真犯人を警察に突き出すのではなく、
失われた三個の緑柱石を
取り戻すことを優先させ、
見事成功します。
そして事件の真相(この場合は
アーサーが無実であること)を
警察に告げ、息子の名誉を
守ることにも成功するのです。
しかも関係している小悪党への
口止めも行うなど、
事件処理は完璧です。
基本的にホームズは「勧善懲悪」の原理で
動いているのではありません。
クライアントに寄り添い、
クライアントの幸せを考え、
クライアントの要望に
最大限添おうとしているのです。
これが警察機構と
私立探偵であるホームズの
違いというものでしょう。
その詳細については、やはり、
ぜひ読んで確かめてください、
というしかありません。

現代の殺人事件を基本とした
ミステリも確かに面白いのですが、
ホームズ・シリーズのように
殺人以外を扱った古典ミステリも
味わい深いものがあるのです。
「古くさい」といって
読み過ごしていては、人生において
損をしていることになります。
幸い現在は
いろいろな新訳が登場しています。
ぜひ読んで確かめてください。

(2024.1.12)

〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
 注釈/解説
 エッセイ「私のホームズ」小林章夫

〔関連記事:ホームズ・シリーズ〕

「黄色い顔」
「ウィステリア荘」
「バスカヴィル家の犬」

〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
ホームズ・シリーズは
いろいろな出版社から
新訳が登場しています。
私はこの光文社文庫版が一番好きです。

DWilliamによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「気前のよい賭け事師」
「巫女の死」
「動物」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA