「ウェルズSF傑作集1」(ウェルズ)

ヴェルヌから連なる、SF小説の「大河の源流」

「ウェルズSF傑作集1」
(ウェルズ/阿部知二)創元SF文庫

若き有能な
政治家・ウォーレスは、
ある晩「わたし」に
「塀についたドア」の話をした。
それは幻想的
かつ非現実的であり、
到底信じることなど
できないものだったが、
彼はそれを真実と信じていると
「わたし」は確信する。
その「ドア」とは…。
「塀についたドア」

〔「堀についたドア」主要登場人物〕
「わたし」

…語り手。名はレドモンド。
ライオネル・ウォーレス
…「堀についたドア」について
 「わたし」に語った人物。

H・G・ウェルズの作品集である本書を、
一篇一篇噛み締めるように味わい、
読了しました。
日本そして世界にあまたあるSF小説の
大河の最初の一滴が
ヴェルヌだとすれば、
ウェルズ作品はそこから連なる
「大河の源流」にあたるべき
傑作群なのです。

〔「ウェルズSF傑作集1」収録作品〕
塀についたドア(1906)
奇跡をおこせる男(1898)
ダイヤモンド製造家(1894)
イーピヨルニスの島(1894)
水晶の卵(1897)
タイム・マシン(1895)

宇宙をワープ航法で駆け巡ったり、
時空を自由に旅したり、
パラレルワールドが登場したりといった
現代のSF作品からすると、
かなりおとなしめです。もしかしたら
現代SFを楽しんでいる方が読むと、
「何だこれは?」と投げ出してしまう
可能性すらあります。
決して作品が稚拙なのではありません。
ウェルズは、将来に向けての
SF小説の在り方を模索していたのでは
ないかと考えられるのです。

橋の上で「わたし」に
話しかけてきた男は、
まるで浮浪者のような
身なりだった。
男は自分で「つくった」ものを
百ポンドで買わないかと
「わたし」に持ち掛ける。
ポケットから取り出した
小石のようなものは、
巨大なダイヤモンドだった…。
「ダイヤモンド製造家」

〔「ダイヤモンド製造家」登場人物〕
「わたし」

…語り手。橋の上で出会った男から
 人造ダイヤモンドの売買を
 持ち掛けられる。
「彼」
…「わたし」に人造ダイヤモンドの
 話をする。

顔に傷のある男は、
自身の漂流体験について
「わたし」に語り始める。
探検で見つけた三百年前の
巨鳥の卵とともに漂流した男は、
無人島へ漂着し、
そこで孵化させることに
成功したのだという。
卵からかえった巨鳥は
やがて男を襲い…。
「イーピヨルニスの島」

〔「イーピヨルニスの島」登場人物〕
「わたし」

…語り手。
「顔に傷のある男」
…「わたし」に漂流体験を話す男。
 名前はブッチャー・V・ドーソン。

実はここまでの三作品、
すべて語り手「わたし」が、
異体験をした人物から
伝え聞いたことを語るという手法です。
そして「わたし」に伝えた人物は
姿を消し、
語っている「わたし」も
半信半疑という状態です
(「イーピヨルニスの島はやや異なる)。
自身の想像を
作品にすべて盛り込むのではなく、
読み手の理解を超えないように
それらを抑制し、
取捨選択して創作を行ったように
思えるのです(私のまったくの
推測に過ぎないのですが)。

本作品がつくられたのは、
19世紀末から20世紀初頭にかけてです。
以前も書きましたが、
ウェルズがこれらの作品を発表した頃、
日本では樋口一葉が「たけくらべ」を
連載していたのです。
「ダイヤモンド製造家」では、
巨大ダイヤモンドの製造に
成功した男が描かれます。
ダイヤモンドが木炭と同じ
「炭素C」でできていることは、
現代日本では
中学生でも理解しているのですが、
18世紀末ではどうだったのでしょうか。
一般市民の理解を
超えていた可能性があります。

陳列してある水晶玉を
高値で売るよう迫る妻に、
古物商主人ケーヴは
応じなかった。それどころか彼は
水晶をどこかに隠してしまう。
彼は水晶を預けた先で、
そこに写る風景や生物を
観察し始める。その風景は、
どうやら火星らしい…。
「水晶の卵」

〔「水晶の卵」主要登場人物〕
ケーヴ

…古物商店主。
 水晶の玉の中に不思議な風景を見る。
ケーヴ夫人
…店主の妻。生活の貧しさのあまり、
 何とか水晶を売り払おうと画策する。
牧師・青年
…古物店に飾られていた水晶の玉を
 買い取ろうとする二人。
ウェース
…ケーヴが水晶玉を預けた人物。
 科学者。
「わたし」
…語り手(本作品はウェースからの
 伝え聞きを語る形)。

「水晶の卵」(1894)になると、
かなり高度な科学が描かれています。
火星と地球に同じ水晶玉があり、
お互いに感応し合い、
火星人が火星から地球の様子を
観測しているなど、
かなりSF色を強めています。
この翌年(1895)、あの「宇宙戦争」へと
昇華していくのです。

奇跡を信じない男・
フォザリンゲーは、酒場で
奇跡について議論しているうち、
ランプを逆さまにして
燃やし続けるという
奇跡を起こしてしまう。
次の晩、彼は
奇跡の練習をしているうち、
通りかかった警官に
怪我を負わせてしまい…。
「奇跡をおこせる男」

〔「奇跡をおこせる男」主要登場人物〕
ジョージ・マクワーター・
フォザリンゲー

…奇跡をおこせるように
 なってしまった男。議論好き。
トッディー・ビーミッシュ
…フォザリンゲーと奇跡について
 議論していた男。
ウィンチ
…フォザリンゲーからステッキを
 投げつけられた警官。
メーディング
…牧師。フォザリンゲーから
 相談を受ける。
ミンチン夫人
…メーディング牧師の家政婦。

泥だらけのまま
「わたし」たちの前に姿を見せた
タイム・トラベラー。
彼は先週披露した
タイム・マシンを完成させ、
時間旅行をしてきたのだという。
呆然としている客たちを前にして
彼は静かに語り始める。
八十万年後の世界について…。
「タイム・マシン」

〔「タイム・マシン」主要登場人物〕
タイム・トラベラー・「ぼく」

…科学者・発明家。タイム・マシンを
 発明し、自ら時間航行を実体験する。
「わたし」
…語り手。タイム・トラベラーの友人。
エロイ
…80万年後の人類の地上に住む種族の
 総称。牧歌的かつ怠惰な生活を送る。
モーロック
…80万年後の人類の地下に住む種族の
 総称。醜く獰猛な性格。
ウィーナ
…エロイの少女。
 タイム・トラベラーに好意を寄せる。

「タイム・マシン」になると、そこに
文明批判まで盛り込まれています。
タイム・マシンといっても
80万年後というとてつもない未来の
探検譚が語られるだけですから、
「過去の改変」やら
「近未来の知識の過去への持ち込み」など
様々なドラマを創り上げる要素は
含まれていません。
それは後の作家たちの
広大な「開拓地」となりました。

この120年間で世に送り出された
SF小説の要素や素材は、
そのほとんどがこのウェルズによって
生み出されたものなのです。
言い過ぎかも知れませんが、
ウェルズ以降の作家たちの
つくりあげたものは、
ウェルズ作品のヴァリエーションと
考えて差し支えないのです。

ウェルズの時代に立ち返り、
本書を味わいましょう。
ウェルズの偉大さが
見えてくるはずです。

(2024.1.25)

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