
この物語から何を学び取ればいいのか
「羊飼イエーリ」(ヴェルガ/河島英昭訳)
(「カヴァレリーア・ルスティカーナ」)
岩波文庫
(「百年文庫045 地」)ポプラ社
誠実な仕事ぶりが認められた
羊飼いイエーリは一人前の
生活ができるようになる。
そして幼い頃に結婚の約束をした
マーラと結ばれる。だが彼女は
彼の仕事場のある地には
同行せず、彼が月二回、
彼女に会いに来るという
生活が続く…。
貧しく、両親に死に別れた少年が、
苦難にめげずに成長し、
仕事ぶりが認められ
一人前の生活ができるようになる。
そして幼い頃に淡い恋心を抱いていた
少女と結ばれる。
どこからみても成功物語、
ハッピーエンドで終わるべき
作品のように思われます。
しかし衝撃的かつ最悪の結末を迎える、
後味の悪い作品なのでした。
味わいどころはマーラ、アルフォンソ、
そして主人公イエーリの人物像と
それらの関係がもたらす悲劇でしょう。
〔主要登場人物〕
イエーリ
…両親と死別し、馬の番人をして
生活していたが、解雇され、
羊飼いとして雇われる。
誠実で純朴な青年。
マーラ
…イエーリの幼馴染み。
イエーリに求婚する。
ドン・アルフォンソ
…イエーリ、マーラの幼馴染み。
地主の嫡男。
アグリッピーノ
…マーラの父親。小作人頭。
馬の番人を解雇され、
路頭に迷っていたイエーリに、
羊飼いの仕事を斡旋する。
アルフィオ
…イエーリとともに
馬の番人をしていた少年。
ネーリ
…農場管理人。
イエーリを羊飼いとして雇う。
リーア小母さん
…イエーリの親類。
本作品の味わいどころ①
イエーリと打算で結婚したマーラ
イエーリは純朴で誠実な青年です。
しかしその幼馴染みマーラは、
そうではなかったのです。
そこから悲劇は始まります。
そもそもマーラは
なぜイエーリと結婚したのか?
イエーリがマーラと再会したときには、
彼女はネーリの息子との結婚が
約束されていました。
それが破談となった末のことなのです。
なぜその結婚は破談になったのか?
ネーリの息子と
婚約した身でありながら、
ドン・アルフォンソと
通じ合っていたからです。
縁談が破談になり、家も破産し、
引っ越しを余儀なくされたマーラは、
それでもその地に残り、
アルフォンソとの関係を
維持するためだけに
イエーリと結婚したのです。
そのためマーラは家に残り、
イエーリは仕事場へ
単身赴任のような形(月二回帰宅)での
結婚生活となったのです。
と書くと、いかにもマーラが
希代の悪女のような
印象を受けるのですが、
決してそうではありません。
マーラの一家は小作人頭。
イエーリとは身分が一つ二つ上とはいえ
まだまだ貧しい階級なのでしょう。
その上に農場管理人のネーリ一家、
さらにその上に
地主のアルフォンソ一家があるのです。
裕福なネーリの息子と婚約する一方で、
湯水のように金を使えるアルフォンソと
密通していても、
それはある意味「生きる術」であって、
当時の状況を考えると
軽々しく非難はできないでしょう。
本作品の味わいどころ②
悪気のない金持ちのアルフォンソ
また、アルフォンソが
金にものを言わせる女たらしかというと
これもまたそうではありません。
周囲に対して、決しておごり高ぶった
態度は見せないのです。
きわめてフレンドリーな形で
イエーリにも接しています。
何人かの女性と関係を持っているのも
地主の息子である彼にとっては
「当たり前」のことであり、
そこに悪気はないのでしょう。
本作品の味わいどころ③
運命の悲劇に見舞われるイエーリ
終末の描き方が秀逸です。
おそらく収穫祭なのでしょう、
地主が農場主や小作農の一家を
歓待する、めでたい場面で、
悲劇は始まります。
「イエーリは羊の毛を刈りながら、
心のうちになせか、
棘にも似た鋭い釘のようなものが、
打ち込まれるのを感じていた。
それは鋭い鋏にも似て、
毒よりも激しく、
少しずつおのれの内側を
抉っていった」さらに
「獣たちが苦しみの悲鳴をあげ、
仔山羊たちが刃物の下で
跳ねまわっているとき、
イエーリは自分の膝が
震えるのを感じていた」そしてついに
「ただの一突きで、
まさに仔山羊のように、
相手の喉を掻き切っていた」。
悪人然としたものが
どこにも登場しません。
まさに運命の悲劇としか
言いようがないのです。
最も幸福になるべき人間が、
不幸のどん底に突き落とされる。
読み手はいったいこの物語から
何を学び取ればいいのか?
やるせなさばかりが湧き上がってくる、
苦々しい読後感ではあるのですが、
だからこそ本作品は
読み手の心にくさびのように
打ち込まれていくのでしょう。
こうした作品も
読書の味わいの一つです。
(2024.1.30)

〔作者ジョヴァンニ・ヴェルガについて〕
ジョヴァンニ・ヴェルガ(1840-1922)は
イタリアの小説家であり、
オペラの台本にもなった
「カヴァレリア・ルスティカーナ」の
作者です。
「ヴェリズモ」(現実主義・真実主義)と
称される19世紀イタリア・
リアリズム文芸運動の代表的作家の
一人として知られています。
シチリア島を舞台として、
市井の人々の生活を描いた作品を
世に送り出しています。
現在ではその作品は岩波文庫から短編集
「カヴァレリア・ルスティカーナ」が
流通しているのみです。
単行本として
「マラヴォリヤ家の人びと」も
出版されましたが、現在絶版中です。
〔「百年文庫045 地」〕
羊飼イエーリ ヴェルガ
流されて キロガ
動物 武田泰淳

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