スピード&チャージ!大逆転するルパン
「水晶栓」(ルブラン/堀口大學)
新潮文庫
逃げ遅れた部下は
殺人罪で死刑が確定した。
刑の執行を回避する
取引材料として、ルパンは
代議士ドーブレックの隠している
秘密文書の入手を画策する。
それは水晶の栓に
入っているという。
だがルパンの行動は
ことごとく妨害され…。
昨年末、「813」「続813」を読んで、
すっかりルパンが
好きになってしまいました。
本書もルブランのルパン・シリーズの
長篇作品です。
悪徳代議士ドーブレックと丁々発止の
やりとりが連続するのですが、
ルパンはそれだけでなく、
「謎の女」「警察」「別の悪徳代議士」と、
多くの相手を敵に回しての
大乱闘となるのです。
〔主要登場人物〕
「僕」
…語り手。ルパンから
事件のあらましを聴き取り
作品を書いたと思われる人物。
実際にこの一人称が登場するのは、
第二章と最終章の一部のみ。
アルセーヌ・ルパン
…怪盗紳士。情に厚く、人殺しは嫌い。
ニコル
…自称文学士。実は正体はルパン。
ミシェル・ボーモン
…ルパンの偽名の一つ。
アチル
…ボーモンとしての隠れ家の下男。
ビクトワール
…ルパンの乳母。潜入捜査を手伝う。
グロニャール…ルパンの手下。
ル・バリュ…ルパンの手下。
ボーシュレー
…ルパンの手下。以前は極悪人であり、
ルパンは信用していない。
ジルベール
…ルパンの手下。何かを隠している。
ボーシュレーとともに逃げ遅れ、
死刑宣告される。
アレクシス・ドーブレック
…悪徳代議士。秘密文書をもとに、
多くの政治家を強請り、
利益を得ている。
レオナール
…ドーブレックの下男。
ボーシュレーに殺害される。
クレマンス
…ドーブレックの門番女。
ルースロ姉妹
…ドーブレックの従姉妹。
ジャコブ
…ドーブレックの手下。
クラリス・メイジー
…ジルベールの母親。
ドーブレックに脅迫されている。
ジャック
…クラリスの次男。
ビクトリアン・メイジー
…クラリスの夫で代議士。
ドーブレックに脅迫され、自殺。
アルビュフェ
…代議士。
ドーブレックに脅迫されている。
セバスチアニ
…アルビュフェの手下。
スタニスラス・ボラングラード
…元代議士。
ランジュロー
…代議士。
ドーブレックに脅迫されている。
ドショーモン
…代議士。
ドーブレックに脅迫されている。
レーバック
…代議士。
ドーブレックに脅迫されている。
ルイ・ブラビル
…警視庁総務課長。
事件の捜査にあたる。
ドーブレックとは旧知。
ブランション
…主任刑事。ブラビル不在時の責任者。
ラルチーグ
…ブラビル配下の警察官。
本作品の味わいどころ①
五つどもえ!多くの敵と対峙するルパン
今回のルパンは敵が多すぎます。
前半部では「謎の女」が
ルパンの妨害をします。
この女性、実はルパンと同目的であり、
途中から共闘します。
共通の敵が悪徳代議士ドーブレック。
代議士といっても
日本の政治家のような
無能な年寄りではありません。
計略・策謀・探偵能力はルパン以上です。
ルパンを手玉にとって
立ち回るのですから、
古今東西のミステリにおいても
希にみる知恵者です。
さらに途中から
ドーブレックに脅迫されている
代議士の一人が、
反撃の実力行使に出てくるのです。
ルパンはその一味とも
直接対決する展開となります。
もちろん
警察機構からも追われています。
今回捜査にあたる人物は、
こちらもドーブレックの旧友であり、
敵対している人物です。
共闘しながら対決もするという、
難しい立ち位置で
ルパンは行動するのです。
ルパンvs謎の女vsドーブレック
vs別の代議士vs警察。
なんと五つどもえの
大混戦となるのです。
本作品の味わいどころ②
実は弱い?幾度となく醜態を晒すルパン
ところが、その戦いの中で、
負け続けているのがルパンなのです。
「ルパンってこんなに弱いの?」と
読み手が疑問を持ってもおかしくない
実状です。
終盤、ルパン自身が
失敗を振り返っています。列挙すると、
①部下の隠し事に気づかず、
それが原因で逃げ遅れる
②隠れ家で寝ている間に
「水晶の栓」を盗まれる
③自宅侵入を
ドーブレックに見抜かれる
④隠れ家に訪れた女性に
秘密の手紙を盗まれる
⑤ドーブレック邸に再度の潜入も
「謎の女」に見抜かれる
⑥再度盗み取った「水晶の栓」を
人混みの中で掏摸取られる
⑦安全なところに隔離したはずの
ジャックを誘拐される
⑧医師に変装してドーブレックに臨むが
すぐ見抜かれる
⑨誘拐しようと思っていた
ドーブレックを
謎の一味に先に誘拐される
⑩救出したドーブレックに
ナイフで刺され重傷を負う
⑪ドーブレックを追跡するが
策略にはまり見失う
⑫「水晶の栓」の中から秘密文書を
見つけるが、それは贋物だった
全430頁の九割ほどまで、
つまり最後の最後まで
失態続きなのです。どうした、ルパン。
本作品の味わいどころ③
スピード&チャージ!大逆転するルパン
ところが、残り一割の頁数から、
ルパンの逆襲が始まるのです。
ドーブレックと警察を相手に、
秘密文書を武器に、
死刑宣告されていたジルベールの減刑
(後にルパンが脱獄させる前提で)に
成功するのです。
大失態続きのルパン、
徳俵に足がかかるところまで
追い詰められていたのですが、
最後にうっちゃりを繰り出し、
大逆転に成功するのです。
読み終えると、悪役の
ドーブレックの手腕が見事すぎて、
どことなくルパンの人物像が
ぼやけて感じるのは
仕方の無いところでしょうか。
裏を返せばホームズのような
超人的存在ではなく、
かなり人間くさい、さらにいうと
泥臭いキャラクター設定なのです
(上品な紳士怪盗のイメージはいったい
どこでつくられたのだろう?)。
もしかしたらルパン・シリーズが
わが国において今ひとつ
人気が低調である理由は、
そうしたところに
あるのかもしれません。
それでも長篇でありながら展開が速く、
手に汗を握りながら
一気に読み終えてしまいます。
本当のルパンの姿を、
ぜひ読んで確かめてください。
(2024.2.2)
〔関連記事:ルブラン作品〕
〔新潮文庫のルパンシリーズ〕
訳者は何と堀口大學。
味わいはあるのですが、
時代が令和となった今、
いくらなんでも新訳が求められて
当然です。
それでも現在最も多く作品が
流通しているのは新潮文庫であり、
本シリーズは貴重です。
「ルパン傑作集」と題された全10巻、
いかがでしょうか。
「ルパン傑作集Ⅰ 813」
「ルパン傑作集Ⅱ 続813」
「ルパン傑作集Ⅲ 奇岩城」
「ルパン傑作集Ⅳ 強盗紳士」
「ルパン傑作集Ⅴ ルパン対ホームズ」
「ルパン傑作集Ⅵ 水晶栓」
「ルパン傑作集Ⅶ バーネット探偵社」
「ルパン傑作集Ⅷ 八点鐘」
「ルパン傑作集Ⅸ ルパンの告白」
「ルパン傑作集Ⅹ 棺桶島」
ルパンの事件の時系列に
なっていないところが残念です。
〔ポプラ社のルパンシリーズ〕
懐かしいシリーズが、
ポプラ社の南洋一郎訳です。
こちらは正確な翻訳ではなく、
翻案と呼ぶべきものです。
〔関連記事:海外ミステリ〕
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