
「竹取物語」ですでに、日本文学は完成していた
「竹取物語 全訳注」(上坂信男)
講談社学術文庫
今は昔、
竹取の翁といふもの有けり。
野山にまじりて竹を取りつつ、
万の事に使ひけり。
名をばさるきのみやつことなん
言ひける。
その竹の中に、
本光る竹なん一筋ありけり。
あやしがりて、寄りて見るに、
筒の中光りたり。それを…。
ご存じ「竹取物語」です。
読んだことはなくとも
「かぐや姫」の物語として日本人なら
誰でも知っている作品だと思います。
細部まで知っているという自覚のもとに
読み始めましたが…、驚きました。
「目から鱗」の連続です。
竹取物語とは
こんな深い世界だったのか!?
竹取物語への認識を
根底から改めなければならないと
感じた次第です。
本書は「竹取物語」全文を
六十一の節に分け、
その一つ一つについて
〈原文〉〈現代語訳〉〈語釈〉〈余説〉が
付され、
細部にわたって解説しています。
つまり、「竹取物語」を
正しく読むための手引き書なのです。
まず目につくのは、
本書では主人公を「かぐや姫」ではなく
「かくや姫」と、
清音のみの読みで通していることです。
その論拠も的確に示し、
真の「かくや姫」像に
迫ろうと試みているのです。
月世界の住人である「かくや姫」が、
なぜ地球にやってきたのか?
筆者は文脈から、
「かくや姫」が何らかの罪を犯し、
地上に降ろされていた
(流されていた)のだと説きます。
そしてその罪が精算されたため、
月世界へ帰るのだと。
「昔の契有るによりてなん、
この世界にはまうで来たりける。
今は帰るべきになりにければ…」。
これに対する訳文は
「前世からの因縁がありまして、
そのために、
この人間社会にやって来たのです。
今は、帰るべき
時期になりましたので…」
となるのですが、その部分を
深く捉えるとそうなるのだそうです。
「本来、仙境にあるべき者が、
何らかの犯しのために、
仙境から俗界へ
流謫させられているのを
謫仙(たくせん)という。
かくや姫も本来は
月都に居るべきものを、
犯したことがあって
地上に下ろされていたという点、
謫仙に似る」。
ロマンチックな筋書きだと
思っていたのですが、その裏側には
深い意味が隠されていたのです。
また、求婚者に
無理難題を課した場面についても
詳しく説明されています。
求婚者は石作皇子、車持皇子、
安部御主人、大伴大納言、石上麻呂足の
五人なのですが、
その描かれ方の軽重に
目を向ける必要があるとのことです。
五人の官職は、
皇族・皇族・右大臣・大納言・中納言。
皇子二人の順位は不明ですが、あとは
官位の重い順となっているのです。
ところが、位の最も高い
石作皇子についての記述は五人中最少。
かくや姫は彼を
歯牙にもかけていません。
その一方で、最も身分の低い
石上麻呂足については、
かくや姫は同情すらしているのです。
この五人の身分にかかわらず、
内面的な成熟度(といってもほとんどが
俗物として描かれていて、
俗物度争いのような印象ですが)に
応じて描き分けられていると、
筆者は分析しています。
求婚者に対するかくや姫の反応は、
「俗な心に生きる相手に反発を見せ、
俗を離れた相手に
共鳴していることが分かる」。
現代の私たちが
そこから読み取るべきは、
エンターテインメントでは
なかったのです。
人の生き方として大切なのは何か、
そして心が豊かであるとは
どんな状態を指すのか、
「竹取物語」の作者が描き分けた
その場面から、
私たちが考えなければならないことは
多そうです。
現存する日本最古の物語であること、
幼児向けの童話に
改編されたりしていること、
中学校の教科書に
取り上げられていること、
そうした状況から私たちは
知らず知らずのうちに「竹取物語」を、
「完成度の低い作品」
「子ども向けの作品」といった、
間違った認識を
していたのかもしれません。
この示唆に富む解説書を読みながら、
「竹取物語」の
一つ一つの場面を読み直したとき、
そこに豊かで深い世界が
広がっていることに気づかされます。
「竹取物語」ですでに、
日本文学は完成していたのです。
なお、本書はあくまでも解説書であり、
文学書として読んではいけません。
細部を徹底的に解説しているため、
表面的なロマンは
一切洗い流されています。
「竹取物語」の真の姿を味わう、
その準備のために読むべき一冊です。
こうした本があることによって、
古典をさらに深く
味わうことができるのです。
日本人として生まれてきてよかったと
思える一冊です。
1978年刊行であり、
すでに流通していないのですが、
いささかも輝きを失っていません。
ぜひ古書を探してご賞味ください。
※実は10年ほど前に
古書で購入したきり、
書棚の奥底にしまい込み、
その存在すら忘れていました。反省。
(2024.2.5)
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