「呪いの塔」(横溝正史)

奇怪な構造物「バベルの塔」、そして仮想犯罪劇

「呪いの塔」(横溝正史)角川文庫

「呪いの塔」角川文庫

猟奇的作風の探偵作家・
大江黒潮のもとに集まった
七人の仲間による仮想犯罪劇。
舞台は立体的迷路とも言うべき
「バベルの塔」。
誰もが訝しみながら行った
ゲームの最中、
突然の叫び声が響き渡る。
塔の最上階には、
黒潮の死体が…。

嘘から出た誠、
いや嘘から出た殺人です。
仮想犯罪劇の殺害予定者が、
本当に殺害される。
その舞台が「バベルの塔」と呼ばれる、
半ば廃墟となったレジャー施設。
立体的迷路となっていて、
詳細の不明な構造となっているのです。
避暑地軽井沢で起きた
血なまぐさい殺人事件。
昭和7年発表という
横溝正史初期の長篇作品、
味わいどころが豊富です。

〔主要登場人物〕
由比耕作

…探偵小説雑誌編集者。
 自らも探偵小説を書く。三十歳。
大江黒潮
…探偵小説作家。三十八歳。
 軽井沢の別荘に由比を招く。
 「バベルの塔」において殺害される。
大江折江
…黒潮の妻。三十四歳。
篠崎宏
…日東キネマの映画監督。三十四歳。
 「バベルの塔」において殺害される。
岡田稔
…活動役者。三十二歳。
 山添道子と懇ろになる。
伊達京子
…日東キネマ女優。二十二、三歳。
山添道子
…黒潮の別荘の近くの別荘に住む。
 二十七、八歳。
 「バベルの塔」から突如姿を消す。
中西信之助
…K大学生。伊達京子に恋している。
 二十二歳。
白井三郎
…黒潮の古くからの友人。
 黒潮の死の真相を調べる。
権九郎
…「バベルの塔」の管理人の老人。
 六十代。
南条
…東都新聞記者。耕作の友人。
峰岸健彦
…男爵家の道楽息子。
 軽井沢に向かう列車の中で
 耕作が出会った男。
田村時雄
…十年前に殺害された男。
 犯人は検挙されず。
「四本指の男」
…「バベルの塔」に現れた
 正体不明の怪人。
「洋服の男」
…仮想犯罪劇の最中、
 「バベルの塔」で目撃された謎の人物。

〔事件の概要〕
⑴「バベルの塔」での仮想犯罪劇の最中、
 大江黒潮が刺殺される。
⑵警察による事件の再現中、
 折江が襲撃を受ける。
 さらに篠崎が刺殺される。
⑶直後、正体不明の怪人、
 権九郎を殺害し、自身も転落死。
⑷帰京した岡田が撮影所内で
 照明器具の落下で死亡。
 他殺の疑いあり。

本作品の味わいどころ①
奇怪な構造物「バベルの塔」

事件の舞台となるのは廃墟となった
レジャー施設の「バベルの塔」。
放射状に延びた七つの入り口を持ち、
内部は複雑な立体迷路となっていて、
通路が交錯したり、
袋小路(袋階段)もある、
見通しが悪い上に、
精通している者が誰もいない、
殺人の格好の舞台となっている
おどろおどろしい場所なのです。

こうした舞台設定は、
戦後の金田一シリーズでは、
「犬神家の一族」「八つ墓村」など、
地方の閉鎖空間へと形を変えて
進化発展していくのです。
後年の横溝得意の
おどろおどろしい舞台設定、
その萌芽が、
ここでしっかり現れているのです。
この恐怖に満ちた
「バベルの塔」の舞台効果を、
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
実生活を擬える仮想犯罪劇

事件を引き起こしたのは、仮想犯罪劇。
その設定は被害者が大江黒潮であり、
残る七人
(耕作・折江・篠崎・岡田・京子・道子・中西)
すべてが殺害の動機を持つというもの。
その動機は篠崎であれば、
「大江の妻・折江に横恋慕し、
大江を殺害して
一緒になろうと画策した」など、
作りごとを越えて、
事実をもとにその人物を
当てこすったものとなっているのです。
しかも被害者役の大江は、
何かに怯えた様子が見られる。
こうした中で、仮想犯罪劇は
現実の殺人事件と化していくのです。

仮想犯罪劇の現実化。
これは何かに擬えて殺人事件が起こる、
いわゆる「見立て殺人」の
変形ともいえます。
これも戦後の「獄門島」
「悪魔の手毬唄」での「見立て殺人」へと
繋がっていると考えられます。
この悪意に満ちた仮想犯罪と
それが引き起こした殺人事件を、
次にしっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
誰もがみな怪しい人物設定

仮想犯罪劇に参加した七人は、
読み進めていくうちに
すべて怪しく感じられます。
冒頭から
耕作視点で語られているのですが、
その耕作自身も怪しい行動を取ります。
探偵役である白井すら、
終盤では怪しさを増してきます。
事件とまったく無関係なのは
南条記者くらいなもので、
その他すべて怪しいのです。

しかもこの人間が犯人だろうと
思ったところで殺害されるという
構成に唸らされます。
残り数頁の状態になっても
まだどんでん返しが続きます。
最後まで読まないと、
犯人は絞り込めないしくみに
なっているのです。

この「誰もが怪しい」人物設定も、
金田一シリーズでは
よく見られるものです。
当然、「四本指の男」は
読み手のミスリードを誘う
横溝の罠です
(「本陣殺人事件」における
「三本指の男」と同様)。
では、いったい誰が犯人か?
探偵小説の醍醐味である「犯人探し」こそ
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

もちろん、
疵がないわけではありません。
全390頁というボリュームが
引き起こす冗長感、
権力を発動しない
リアル感のない警察機構、
実行可能性に疑問符のつく
殺害方法など、欠点は
それなりに挙げることができます。
しかし昭和7年の段階では、
探偵小説は短編が主流であり、
海外作品の翻訳翻案ものは
いくつもあったにせよ、
オリジナルの長篇作品は
まだまだ珍しかった時代です。
その段階で、すでに後年の
本格探偵小説の原型ともいえる本作品を
横溝が完成させていたことに、
驚きを禁じ得ません。

しかも、江戸川乱歩「陰獣」の主人公・
大江春泥を擬えたと思われる
「大江黒潮」、
のちに登場する
由利麟太郎・金田一耕助の両名に
繋がるような「由比耕作」、
乱歩の本名・平井太郎を彷彿とさせる
「白井三郎」、
そして森下雨村甲賀三郎大下宇陀児
パロディとも受け取れる、
文中に名前の挙がる探偵作家・
「堀下氏」「大賀氏」「堂下氏」など、
遊び心も見られるのです。

初期の作品などと侮っていては
痛い目に遭います。
横溝の初期長篇作品、
ぜひご賞味ください。

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

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(2024.3.1)

〔本書について〕
角川文庫版はすでに絶版、
現在は電子書籍でしか
読むことができません。
横溝のノンシリーズ短篇作品は
柏書房や論創社の
単行本で読むことができますが、
長篇である本作品と「女が見ていた」は、
そうした出版社からも刊行されず、
このまま埋もれてしまうのではないかと
心配になります。

角川文庫からの復刊
(もちろん杉本一文表紙で)を
強く希望します。

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