「望郷」(湊かなえ)

島は、過疎化が進行している日本の故郷そのもの

「望郷」(湊かなえ)文春文庫

「望郷」文春文庫

閉幕式でスピーチしている
姉の姿を見ながら、「わたし」は
複雑な心境に駆られる。
姉は二十年前に島を捨てて以来、
音信不通だったからだ。
姉は式典後、同級生と
謎めいた会話をし始める。
姉がこの島に帰ってきた
理由はいったい…。
「みかんの花」

〔「みかんの花」登場人物〕
「わたし」

…語り手。突然島を出て音信不通と
 なっていた姉に不信感を抱いている。
「姉」
…「わたし」の姉。作家となっている。
 ペンネームは桂木笙子。
「母」
…「わたし」の母。
美香子
…「わたし」の娘。高校生。
 島を出たがっている。
宮下邦和
…「姉」の同級生。市の閉幕式後、
 「姉」と再会し、謎めいた会話をする。
健一
…二十年前、「姉」とともに
 駆け落ちした青年。

2010年から2012年にかけて
雑誌発表された6篇をまとめた
湊かなえの連作短篇集
「望郷」を読みました。
ミステリにカテゴライズされる
作品ではあるものの、
筋書きの本質は人間物語です。
瀬戸内海の白綱島を舞台に、
島で生まれ育った人間の
愛憎入り組んだ複雑な心理を
見事に描ききっています。

一作目「みかんの花」は、
「島を出ることのできなかった人間」の
「わたし」と、
「島を去った人間」の「姉」との
「確執」を描いています。
ありきたりの素材のように
思えましたが、
その行き着く先は衝撃的でした。
「姉」は「拠ん所無い事情により島を
去らざるを得なかった人間」であり、
その事情が本作品の肝となり、
ミステリであり得る
要素となっているのです。

「私」が受け取った一枚の葉書は、
故郷の島で教壇に立っている
同級生の美咲からのものだった。
彼女は上京する機会に、
父のことで
伝えたいことがあるのだという。
「私」の父親は
二十年前突然失踪し、
行方がわからなくなっていた…。
「海の星」

〔「海の星」登場人物〕
「私」(浜崎洋平)

…語り手。幼い頃に父が
 行方不明となり、母子家庭で育った。
「妻」
…「私」の妻。
浜崎太一
…「私」の息子。
 釣りに興味を持ち始めた。
浜崎秀夫
…「私」の父。
 「私」が小学校六年生のとき、失踪。
浜崎佳子
…「私」の母。夫失踪後、
 夫を探し歩き回る。
 夫の死を認めていない。
真野美咲
…「私」の同級生。小学校教員。
 島に残っている。
真野幸作
…美咲の父親。
 「私」は「おっさん」と呼んでいた。
 中学生の「私」の家に出入りしていた。

二作目「海の星」は、
「島を離れた人間」の「私」と、
「島に留まった人間」の美咲、
そしてその父・幸作との
「和解」ともいうべきドラマです。
不器用な人間どうしが
すれ違ってしまい、
それらを修正できずに
年月を重ねてしまう。
そうした一切が
上京した美咲の口から語られる
真実によって氷解していきます。
「私」の知らなかった事情こそ、
やはり本作品の肝であり、
ミステリの核心部分でもあるのです。

憧れていた
東京ドリームランドに、
家族三人で訪れた「私」は、
開演前のゲートに並ぶ
行列の中で、
ふと過去を回想する。
「祖母」と「母」から抑圧されていた
子ども時代。
突然変わった修学旅行の行き先。
そして「祖母ももう少し長生き…。
「夢の国」

〔「夢の国」登場人物〕
「私」(田山夢都子)

…語り手。
 東京ドリームランドに憧れる。
「祖母」
…「私」の祖母。旧家の嫁であったため、
 格式を重んじる。
 「私」の行動に制約を設ける。
「母」
…「私」の母。「祖母」を恐れ、「祖母」と
 同様、「私」を束縛しようとする。
奈波…「私」の娘。
「夫」…「私」の夫。
平川
…「私」の同級生。おっさんくさい容貌。
 大学時代、
 教育実習で「私」と再会した。

三作目「夢の国」は、
閉鎖的な島の権化であるかのような
「祖母」と、そこから抜け出したい
「私」の衝突の物語です。
でも、突き詰めれば
「島の閉鎖性に囚われていた
自分自身」との「訣別」を
描いているともいえます。
本作品は夫と娘の家族以外に、
現在進行の「私」に
関わってくる人間はいません。
「私」一人が思い出を整理し、
自らの思い込みを解きほぐす物語です。

会社の創立記念パーティーに
ゲストとして来てほしいという、
同級生の強引な依頼を
断り切れなかった「僕」。
だが、故郷の島は「僕」にとって
触れられたくない「過去」だった。
陰鬱な気持ちで参加した
「僕」だったが、
ついに限界が訪れ…。
「雲の糸」

〔「雲の糸」登場人物〕
「僕」(磯貝宏高)

…語り手。
 島を出て歌手となった。
 芸名・黒崎ヒロタカ。故郷に
 良い印象を持っていない。
 高校卒業後、
 七年間家に帰っていない。
「母さん」
…「僕」の母。暴力をくりかえす夫を
 刺殺し、服役した過去を持つ。
「姉さん」(磯貝亜矢)
…「僕」の姉。
真知子おばさん
…「僕」の叔母。母親服役中、
 「僕」と「姉」を養う。
的場裕也
…「僕」の同級生。地元で行われる
 パーティへの出席を「僕」に要請する。
 市議会選挙に出馬予定。

第四作「雲の糸」は、島から逃れて
成功の道を歩み始めた「僕」と、
それを島に引き戻そうとする
地元の人間たちとの
愛憎劇を呈しています。
作品冒頭で、
「僕」の事故(実は自殺未遂)の記事が
記されていますが、
なぜそこに至ったのかが
ミステリの要素であり、そしてそこから
「僕」は何を得たかが本作品の
味わいどころとなっているのです。

島を襲った台風により、ついに
床上まで水が浸入し始める。
屋外脱出を試みるが、
玄関の戸は開かない。
窓にはすべて防犯用の
鉄柵がはめられている。
脱出できない中で、
なぜか思い出すのは
小学校時代の親友・
めぐみのことだった…。
「石の十字架」

〔「石の十字架」登場人物〕
「わたし」(千晶)

…語り手。K市で生まれ、
 小学校五年生からの二年間、
 島で祖母のもとで生活、
 中学入学とともにK市に戻る。
 娘の不登校を機に、
 島に戻ってきた。
志穂
…「わたし」の娘。小学校五年生。
 不登校。
「父」
…「わたし」の父。精神疾患の末、自殺。
「母」
…「わたし」の母。
「祖母」
…「わたし」の祖母。
 小学生の「わたし」を養う。
吉本めぐみ
…「わたし」の小学校時代の親友。
 クラスで浮いた存在だった。
大橋文香
…「わたし」の小学校時代の同級生。
 リーダー的存在。

第五作「石の十字架」もまた、
「夢の国」同様、
現在進行の「私」に関わってくる
人物の登場しない作品です。
瀬戸内の島を七十二年ぶりに襲った
台風による災害下、
小学生時代の親友との思いを
「わたし」が確かめ直す物語です。
そして、
小学校五年生で不登校になった娘と、
父の自死により小学校五年生で
島の小学校に転校した
自らの姿を重ね合わせ、
当時の父の姿・母の姿に
思いを馳せるのです。

入院中の「僕」を
見舞ってくれたのは、
見知らぬ青年・畑野だった。
教員であった父の
教え子なのだという。
父に感化されて
教職に就いたという畑野は、
「進水式」の話をはじめる。
それは「僕」にとって
不愉快な思い出と
繋がっていたのだが…。
「光の航路」

〔「光の航路」登場人物〕
「僕」(大崎航)

…語り手。小学校教員。
 父親が教員だった。
 自宅の火災で意識不明となり、
 病院に搬送された。
畑野忠彦
…担任が「僕」の父親だったという青年。
 入院中の「僕」を見舞う。
深田碧
…「僕」の受け持ちの生徒。
 いじめの加害者。
三浦真衣
…「僕」の受け持ちの生徒。
 いじめの被害者。

最終作「光の航路」は、父に対する
わだかまりを抱えてきた「僕」が、
父の教え子である
青年教師との邂逅の中で、
それらを解決させていきます。
父に対する不信を「僕」に植え付けた
「進水式」での父親の振る舞いは、
実はほかの誰かの救いとなっていた
事実が判明します。
本作品と「石の十字架」の二篇は、
ミステリとしての色合いの
薄い作品となっていますが、
感動はより深いものとなっています。

ここに描かれているのは
単なる「島」の物語ではありません。
「白綱島」は、
過疎化と少子高齢化が進行している
日本全国の故郷そのものなのです。
そして主人公である語り手
「わたし」「私」「僕」は、
他の誰でもない
私たち一人一人の象徴なのです。
私たちは大なり小なり
ここに描かれる語り手と
同じような心情をかつて経験、
もしくは現在体験しつつあり、
だからこそ深い共感を覚えつつ
読み進めることができるのです。
一つ一つの作品について
じっくりその味わいどころを
紹介したいのですが、
感動の覚めやらぬうちに
とりあえず記してみました。

「イヤミスの女王」と呼ばれるくらい、
読後感の後味悪さピカイチの
湊かなえ作品なのですが、
本作品はすべて後味爽快です。
「雲の糸」などは終盤まで読み手を
嫌な気分に追い立てるのですが、
終幕は一転して
爽やかな幕切れとなります。
それもそのはず、
本作品の舞台「白綱島」のモデルは、
作者・湊の生まれ故郷・因島。
本作品は表題そのもの
作者の「望郷」の念の凝縮された
短篇集なのです。
湊かなえは、
やはり驚くべき力量の作家です。

流行にかなり遅れて、
湊かなえにはまり込んでいます。
本作品を含め、
まだ四作品しか読んでいないのですが、
その面白さは中毒になりそうです。
これからじっくり味わっていきたいと
思います。

(2024.3.4)

〔「望郷」について〕
出版社特設HPはこちら

本作品の紹介映像が
YouTubeで公開されています。

株式会社 文藝春秋

2016年に
「みかんの花」「海の星」「雲の糸」が
ドラマ化されています。
詳しくはこちらから(テレビ東京HP)。

2017年には「夢の国」「光の航路」が
映画化されています。
冒頭5分が
YouTubeで公開されています。

映画『望郷』冒頭5分

〔関連記事:湊かなえ作品〕

〔湊かなえの本はいかがですか〕

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