「わが一高時代の犯罪」(高木彬光)

ヤング神津恭介の解き明かす人間消失

「わが一高時代の犯罪」(高木彬光)
(「わが一高時代の犯罪」)角川文庫

「わが一高時代の犯罪」角川文庫

一高本館時計台を舞台にして
行われた寮生による肝試し。
二番目に登った妻木は
忽然と姿を消す。
残されていたのは本人の砂時計と
その日の朝から紛失していた
神津恭介のマントだけだった。
「私」と神津は人間消失事件の
謎を追うが…。

高木彬光の生み出した
スーパースター探偵・神津恭介
最初の事件であり、
一高時代の活躍を描いた中篇作品です。
表題が「わが一高時代の事件」ではなく
「犯罪」となっているように、
本作品では神津と松下は
事件を解決しながらも
犯罪的行為によって人助けをするという
一風変わったミステリに
仕上がっているのです。

〔主要登場人物〕
「私」(松下)

…他の作品においては松下研三という
 本名が登場する。
 愛称ウルトラスーパー。
 一高にまぐれで合格したが
 成績は最悪。
神津恭介
…後の名探偵。
 勉強する姿が見られないものの主席。
 愛称「嬢や」「ドクター」。
妻木幸一郎
…愛称「西式」。
 「私」より7歳年上の一高生。
 京大から一高理乙に入学し直した。
妻木賢二郎
…幸一郎の弟。
青木一彦
…愛称「青髯」。医者の息子。
 曜日ごとに7人の女と
 交際しているといわれている。
飯田良太郎
…愛称「フラテン」。風紀点検委員。
 文科の生徒。
石川六郎右衛門
…山岳部主将の一高生。神津の依頼で
 人間消失の演示実験に協力する。
周金銘
…一高の中国人留学生。
 妻木のルームメートだったが、
 一時帰国していた。
 謎の死を遂げる。
藤野章子
…飯田の異母妹。青木の「木曜日の女」。
 カフェの女給。肺病罹患。
 一高生を憎んでいる。
「偽一高生の男」…謎の人物。

本作品の味わいどころ①
ヤング神津恭介の解き明かす人間消失

ここで起きているのは
「人間消失事件」です。
時計台の階上へと登った人間が、
隠れることも飛び降りることも不可能な
屋上で消失するという奇妙な事件を
ヤング神津恭介が解決するのです。
しかしすべての謎解きが終わると、
トリックは意外に簡単であることが
判明します。
だからこそ神津は
「消失のからくり」ではなく
「消失の理由」を解き明かすことに
注力するのです。

それにしても(後の)神津恭介は、
他の作品での記述を総合すると、
本職は東京大学医学部助教授、
美男子、
英・独・仏・露・ギリシア・ラテンの
6カ国語に通じたマルチリンガル、
学生時代に発表した論文により
「神津の前に神津なく、
神津の後に神津なし」と評された天才、
ピアノの腕前もプロ級といった、
スーパースター探偵なのです
(本作品にはドイツの雑誌に論文発表を
したことが記載されている)。
こうして見ると、神津恭介は
ヤングの頃からスーパー探偵であった
ことがわかります。

何よりも百歩先を読み取る
眼力とでもいうべき能力に
優れていると感じます。
謎の男の正体を直感的に察知し、
自分たちの力では
どうにもならない存在として
関わることを避けたり、
発見した妻木の隠れ家も、
存在そのものが危険であることを
見抜いたり、
瞬時に判断してしまうのです。
こうしたヤング神津恭介の探偵術こそ
本作品の第一の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ②
昭和十年代の日本の世相と学生の気質

舞台は昭和十年代の一高
(現在の東京大学の前身)。
いたるところに昭和初期の
エリート大学特有の学生生活が
描写され、それが不思議な味わいを
醸し出しています。

例えば「皆寄宿制度」、
全員が寄宿舎に入って生活するなど、
現代では一部の名門私立高校以外には
考えられません。
「女人禁制」、
単に男子校であるということだけでは
ありません。
寮内に女性を一歩でも立ち入らせると、
その学生は退寮となり、
退寮は即ち退学を意味するのですから
大変です。
「正門主義」、
いかなる時でも正門を
くぐらなければならず、
門限に遅れた場合は閉まっている正門の
柵を乗り越えなければ
退学処分になるという、
およそ最高学府とは思えない
非合理的な習慣です。

そのほかにも「蠟勉」「代返と幽霊」など、
不思議な慣習が
次から次へと登場します。
本作品発表の
1951年当時であれば単なる
ノスタルジックだったのでしょうが、
それから70年以上が過ぎた現代では
奇妙奇天烈であり、それ自体が
一つの面白さをつくり上げています。
この昭和十年代の世相と学生気質こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
昭和十年代の日本の政情と事件の黒幕

世相と学生気質だけではなく、
忍び寄る戦争の足音も
しっかり記されています。
神津が察知した黒幕の正体も、
この時代特有のものであることが
明らかになります。
それについてはぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。

こうした味わい深いミステリなのですが
高木彬光作品の多くが
絶版となっている現在、
紙媒体で読むとすれば
古書を探すしかありません。
私も本書(角川文庫)を
中古で手に入れました。
現代ミステリに飽きてきたあなた、
高木彬光の古典的ミステリを、
古書もしくは電子書籍で
ぜひご賞味ください。

(2024.5.3)

〔「わが一高時代の犯罪」〕
わが一高時代の犯罪
幽霊の顔
月世界の女
性痴
鼠の贄

〔関連記事:高木彬光作品〕

〔高木彬光の文庫本について〕
かつて書店の本棚の
角川文庫のコーナーには、
「横溝ブラック」「森村ネイビー」とともに
高木彬光の、
灰色がかった黄土色とでもいえば
いいのか何とも地味な色合いの背表紙の
文庫本が並んでいたことを
思い出します。
現在、角川文庫はすべて絶版です。
光文社文庫から数点出ています。

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