「趣味の遺伝」(夏目漱石)

漱石はいったい何を意図していたのか?

「趣味の遺伝」(夏目漱石)
(「倫敦塔・幻影の盾」)新潮文庫

「倫敦塔・幻影の盾」新潮文庫

若い女だ!と余は覚えず
口の中で叫んだ。
背景が北側の日影で、
黒い中に女の顔が
浮き出したように白く映る。
眼の大きな頬の緊った
領の長い女である。
指の先でハンケチの
端をつかんでいる。
そのハンケチの雪のように
白いのが、…。

夏目漱石の初期短編集
「倫敦塔・幻影の盾」に収録された
最後の一篇です。
これまでの六篇も、理解の
むずかいし作品群だったのですが、
この一篇も他の作品同様の
難解さを持っています。
どう解釈していいか
わからない部分ばかりです。
それなら「一夜」と同じように、
わからなさ加減を味わうのが
正しい読み方と考えます。

〔主要登場人物〕
「余」

…語り手。学者(大学の教員)。
「浩さん」
…日露戦争・旅順戦において戦死。
 姓は河上。
「御母さん」
…「浩さん」の母親。
「女」
…「浩さん」の墓参りにきていた女性。

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そもそも作品の骨子は以下の通りです。
作品は三つの章から構成されています。
「一」
若い学者である「余」は、
新橋の停車場で
群衆に交じって凱旋する
日露戦争の帰還兵たちを見る。
その中で、ふと
戦死した「浩さん」のことを思い出す。
「二」
墓参りに行くと、
すでに「浩さん」の墓へ参り終えた
美しい女性とすれ違う。
「三」
遺された陣中日記から、
一度出会っただけのその女性に
「浩さん」が惹かれてことを知る。
その一目惚れの原因を
「遺伝」にあると考えた「余」は、
調査の結果、二人の関係が
先祖に通じていることを知る。

本作品のわからなさ加減①
「一」の日露戦争は何を意味する?

冒頭からわかりません。
日露戦争の描写から始まるのですが、
本筋とはおよそ
関係がなさそうに思えるのです。
筋書きの中心は表題から考えると
「浩さん」の墓参りをしていた女性の
正体を探る経緯ではないかと
思われるのですが、
なぜ三分の一の分量を使って
日露戦争とそれに関わる兵隊の凱旋を
描く必要があったのか?
「浩さん」を語る
前振りにしては長すぎるし、
「浩さん」の話題が現れるのが
唐突すぎるように感じるのです。
「厭戦」思想を
さりげなく織り込んだものとも
考えられるのですが、
小説として筋書きの進行に
円滑さを欠く結果となっているのでは
ないかと感じます。
漱石はいったい何を意図していたのか?
それを考えること自体が、
本作品の第一の
味わいどころといえるでしょう。

本作品のわからなさ加減②
「三」の「謎の女捜し」はミステリ?

筋書きの中心と考えられる「三」ですが、
ここにもいくつかの
疑問を感じてしまいます。
数少ない手がかりを追って
女の正体を探るミステリタッチの展開が
待ち受けているのかと思えば、
そうではありません。
論理的な道筋をたどるミステリとは
まったく逆の、
「それぞれの先祖が
相愛の関係にあったはず」という
メルヘンチックな方向へと
向かっていくのです。
巻末の注釈によると、表題の「趣味」とは
「男女相愛するという」意味なのだとか。
男女間の好みの傾向(趣味)が
遺伝する、という
非論理的な謎解きとなっているのです。
漱石はいったい何を意図していたのか?
それを考えること自体が、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。

本作品のわからなさ加減③
表題「趣味の遺伝」の真の意味は?

読み終えた後は
さらに疑問が積み重なるばかりです。
どことなくちぐはぐであり、
ストンと落ちてこないのです。
書かれてあることの
表面だけを追っていても
理解できない何かがありそうです。
もしかしたら
何かの寓話の可能性もあります。
さらには、本当に伝えたいことを
直裁的に表現することが叶わず、
婉曲的に書き表すしか
なかったのかもしれません。
何度読み返しても、
まるで暗号を読んでいるかのような
感触を得てしまうのです。

漱石夫妻の関係は
あまりよいものだったとは
いえなかったようで、そのために
「漱石の恋人」なる女性について
諸説生じることとなりました。
そうした背景を考慮すると、
男女は最もふさわしいものどうしが
結ばれるべき、という
メッセージにも見えてきます。
わからないことはわからないこととして
そのまま受け止め、
じっくり味わうべきだと感じています。
本作品のわからなさ加減、
あなたも味わってみませんか。

(2024.5.13)

〔青空文庫〕
「趣味の遺伝」(夏目漱石)

〔「倫敦塔・幻影の盾」〕
倫敦塔
カーライル博物館
幻影の盾
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薤露行
趣味の遺伝

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